500キロ離れた高知から何度も能登半島に通い、給水活動を続けている男性がいる。災害用浄水装置を開発・製造している、武田良輔さん(44)だ。社長兼職人。社員ゼロ。人生をかけて“命を守る水”を生み出し続ける。

1か月の半分は能登半島地震の被災地で給水活動

2024年1月1日、新たな年が始まったばかりの石川県・能登半島を襲った大地震は各地に甚大な被害をもたらした。

高知市で浄水装置を開発・製造しているアクアデザインシステムの社長、武田良輔さんは、発災直後の1月3日、給水支援のため能登の被災地に向かった。これまで、西日本豪雨や熊本地震などの被災地でも給水活動の経験のある武田さんだったが、能登半島の被害状況は「これまでで一番深刻だった」と語る。

長引く避難所生活に加え、断水がいまだ解消されない地域もあり、武田さんは4月までに、高知と石川県を8往復。学校など15か所に、自社の浄水装置を高知から運び入れ、飲み水を始め、シャワーや循環式の風呂の提供など、被災者に寄り添う活動を続けている。

最初に訪れた珠洲市の学校では、近くの砂防ダムにたまった水を浄水し、飲み水や生活水として供給。まだ雪も降るような真冬の能登で、日中寒さに耐えながら、夜は、車で寝泊まりしながらの給水活動だった。

石川県能登半島での給水活動(左が武田さん)

▼武田良輔さん
「自宅に電気が回復し始めると避難所から自宅に戻る人が多くなる。でも断水が続いているから、車で遠くから水を取りにくる人もいました。みなさん、不便な生活を強いられているのに表情に余り出さないんですよね。私にも暖房器具を持ってきてくれたり、『ありがとう』と何度も声をかけてくれたり、それがすごく励みになりました」

人々の命をつなぐ水。武田さんが浄水装置の開発を始めたきっかけは、泥水を飲むアフリカの子どもたちを目にしたことだった。

きっかけは「アフリカの子どもたちを助けたい」

アクアデザインシステムが設立されたのは2008年。武田さんは高校卒業後、オーストラリアに留学し、25歳まで過ごすも、母親の病気を機に帰高。宝石サンゴを販売する父親の会社を継ぐ選択肢もあったが、「何か自分で事業をやってみたい」という思いが湧き起こる。

そのとき思い出したのが、子どもの頃テレビで見たアフリカの子どもたちが泥水を飲んでいるという現状。「そんな子どもたちを助けたい」大人になってもその時の思いが心の片隅に残っていた。

元々、機械いじりが好きだったこともあり、たった一人で浄水装置メーカーの会社を立ち上げた。28歳。何もかもゼロからのスタートだった。

会社の看板にも「命をつなぐ水」の文字が

試行錯誤しながら、ほぼ独学で浄水装置の開発を手がけ、オンリーワンの製品を生み出していく。

海水対応の浄水装置は、水分子しか通さない特殊な膜に圧力をかけて、原水中の水分子のみを取り出すもので、海水を水質基準に適した飲料水に変える事ができる。

KUTV

年々、自治体などの要望を取り入れながら進化し、他にも、電源がない場合でも手動で操作できる製品や水源地まで移動できる自走式装置なども開発。現在10種類の製品を展開するまでに至っている。

武田さんが社長兼職人で、社員はゼロ。会長と顧問を務める父親のわずか3人だけの会社を守っている。

多額の借金抱え、廃業を考えたことも

設立から16年。これまで山あり谷ありだったと武田さんは振り返る。元々資金のない中での起業。県内の自治体などに足を運び製品のプレゼンをするも、当初、災害用浄水装置は受け入れてもらえる先がなく、それぞれの要望に応じた製品を作ろうとしたため、開発費用も膨れ上がっていく。

そのような状況で、一時期は経営難に陥り、多額の借金を抱え、家族と暮らす家の電気やガスが止まってしまったことも…。

「このまま会社をたたんでしまおうか」先が見えず、やり場のない気持ちで過ごす日々が続いた。

消防隊員に浄水装置を紹介する武田さん

「会社を立ち上げたものの売れゆきは伸びず。それでも、お客さんのニーズに応えたいという一心で開発を続け、借金が膨らんでいきました。でも、どん底を味わったからこそ、今、何があっても動じない強さが身についたと思います。今では苦しかった時期も良い経験だったと感じています」

その後、何とか信頼できる人に力を借りるなどして、再び奮起した武田さん。信念をもって夢を本気で追い続ける武田さんの姿に感銘し、協力してくれる人も現れるようになった。

浄水装置は高知県の防災製品にも認定され、少しずつ自治体や病院などへの導入も増えていった。現在は県内ほぼすべての自治体に導入。関東や関西など5か所に販売店もあり、販路を広げている。

次は、「水のない土地で水を生み出す」挑戦だ。

「命をつなぐ水」に生涯をかける

今も原点は「泥水を飲んでいるアフリカの子どもたちを助けたい」という思い。これまで海外での活動経験もあり、カンボジアに浄水装置を設置、フィリピンでは震災後、給水支援に携わったこともある。

カンボジアに浄水装置を設置(2011年)

武田さんは、国内で安定した地盤を築いたうえで、最終的には、「安全な水がない国や地域で水を生み出し、それを産業に繋げること」を目標としている。

「なんのノウハウもなかった自分が、子どもの頃の夢を実現させているのは、一歩を踏み出したから。自分がやりたいと思う事があるなら、反対されても、馬鹿にされてもとにかく行動を起こすこと。行動すれば人は自然についてくる。決して諦めないことが大切です」

フィリピン・マニラ市での防災訓練で製品を説明する武田さん(2018年)

武田さんは、現在、水のない土地で水を生み出す装置=空気に含まれる水分を取り出す装置を研究開発中。その水が産業を生み、現地の人々の食糧問題解決や生活向上に繋がるような活動をしたいと未来を見据える。

飽くなき夢への挑戦は、「命をつなぐ水」というゆるぎない信念のもとで、これからも続く。