東京電力福島第1原発事故により、約8割の地域で避難指示が続く福島県浪江町に、伝統的工芸品「大堀相馬焼」の窯元「松永窯」の店舗が東日本大震災発生当時のまま残されている。松永窯の松永武士さん(35)は、店舗を民間遺構として今秋にも一般公開する予定だ。「古里で何が起きたのか、後世に伝えられる施設にしたい」と話す。(共同通信=堺洸喜)

 町に残る店舗は窓ガラスが割れ、外壁がはがれている。中はイノシシなどの野生動物に荒らされた。1階はほこりをかぶった陶器の破片が散乱し、壁かけ時計の針は発災時刻の午後2時46分あたりを指したままだ。

 大堀相馬焼は、浪江町の大堀地区で300年以上の歴史があるとされる。疾走する馬の絵付けや表面に細かく入る青色のひび、湯飲みなどを二重構造にする特徴を持つ国指定の伝統的工芸品だ。

 しかし、原発事故で20軒以上あった窯元は避難を強いられた。職人の父和生さん(75)は山形県や栃木県などに逃げ、2014年に福島県西郷村で作陶を再開。2021年には同村で新工房を設けた。震災当時、大学生だった松永さんも卒業後から商品の企画や営業などで家業に携わるようになった。

 大堀相馬焼の伝統的価値を守るため、窯元約20カ所がスポット的な特定復興再生拠点区域(復興拠点)として2023年3月末に避難指示が解除された。周辺では建物の解体が進んでいる。松永さんは「原発事故で時が止まってしまった様子を見せられる場所がないと、ここで何が起きたかわからなくなってしまう」と危惧し、保存を決めた。

 1階は荒れ果てた様子を極力そのまま公開し、2階は住民の思い出の品などを展示する予定。隣の窯場は交流スペースとしての活用を考えている。「大堀地区を訪れるきっかけになればうれしい」と期待を込めた。