トナラーとは?

“トナラー”という言葉、ご存じでしょうか?正式な定義はありませんが、ここでは電車やカフェ・ 映画館、ないしは駐車場などにおいて、周囲ががら空きなのに、あえて隣に来る人のこととします(隣に座る行為や、車を停める行為は「トナリング」)。2024年4月中旬に、LASISA編集部で、この「トナラー」に関し、男女で賛否が真っ二つに割れているという記事を発表しました。トナラー行為を行う人について、今回は電車の中をメインに、どのような心理が働いているのか解説します。

 では、この問題を考えるに当たり、早速次の問1をお考えください。
問1.日常生活において、あなたならば、次の2つのどちらを選びますか?
A:嫌なことを我慢させること
B:相手が喜ぶことをすること

答え合わせは、本記事の中で行います。また、後編ではトナラーへの具体的な対策もご紹介します。どうぞ、前編・後編合わせて最後までお読みください。

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トナラーの現状への考察

 トナラーという言葉。ネットに現れるのが2017年頃からで、2020年を過ぎるとかなり増えてきます。ということは、コロナ禍が何かしらの影響を与えたのでしょうか?コロナ禍では「密」を避けるようになり、私たちはソーシャルディスタンスの意識を強く持つようになりました。この結果、実際にパーソナルスペースが広がったという研究発表もあります(参考:コロナウイルスの流行によるパーソナルスペースの変化は座席選択に影響を与えるのか)

 イメージしてください。コロナ禍でガラガラの電車の中に座っているあなたの姿を。そこに、全然知らない人物が隣に座ってきました。あなたは、どのような気持ちになりますか?

 知らない人で嫌だなという嫌悪感や不快感。どこまで一緒なのかなという不安感。感染したらどうしようという恐怖感。さまざまな感情が沸き起こってくることでしょう。

もちろん「うれしい」と喜ぶ人も一部いると思います。ただ、その人たちの場合は、隣に座る人のことを「トナラー」とは呼びませんよね。また、あなたが女性で、隣に見知らぬ男性が座ってきたら?

・「痴漢?」「盗撮?」
・「セクハラ?」ないしは「下心?」
などのようにマイナスに受け止めるのが一般的です。警戒心や嫌悪感、さらに「キモイ〜!」となりませんか。

 トナラーに関し、パーソナルスペースの観点から考えるのならば、そもそも「気持ち悪さ」を感じさせる行為です。かなり接近した距離感(次 の密接距離や個体距離に当てはまるため)だからです。そして、コロナ禍による生活習慣や意識の変化により、この気持ち悪さが「市民権を得た」と考えることができます。この気持ち悪さを持つのは自分だけではないんだ、口に出してもいいんだという思いです。ただその一方、誰もが賛同する訳ではありません。他者との距離感や不快感のような個人的感覚には、個人差があるからです。

パーソナルスペースのイメージ

パーソナルスペースとは

 パーソナルスペースとは、他者に近づかれると不快に感じる空間のことをいいます。パーソナルスペースを提唱した文化人類学者のエドワード・T ・ホールは、この空間を次の4つに分類します。

1.密接距離:ごく親しい人に許される距離(0〜45cm:恋人や家族・親友など)
2.個体距離:相手の表情が読み取れる距離(45〜120cm:友人・知人など)
3.社会距離:容易に会話ができる距離(120〜360cm:ビジネスの関係など)
4.公共距離:複数の相手が見渡せる距離(360cm以上:セミナー・講演会など)
※距離の数字はあくまでも目安です。個人差があり、絶対的な数値ではありません。

 さて、電車で隣に座ってくるトナラーを想像してみましょう。あなたとの距離は、1の密接距離か、2の個体距離の幅ではないでしょうか? 見知らぬ他人が踏み込むには、無理がある距離です。ただ、不快と感じる人もいれば、あまり感じない人もいます。この違いはどこにあるのでしょうか?

 遺伝的な要因、生活環境の要因など、さまざま挙げることができます。ここでは、性格の観点から考えてみようと思います。パーソナルスペースを広めに意識するのは、どのような性格の人でしょうか?答えは、内向的で心配性な人、または周囲の視線を過度に気にする人と考えることができます。つまり、パーソナルスペースを「自分を守るための範囲」と捉えると、その範囲は自然と広めになるということです。

 そして、見落としてはならない点が一つあります。内向的な人が、「嫌なことを嫌です」とハッキリと口にできるでしょうか?コロナを経て、トナラーという言葉が市民権を得たと述べました。これまで表立って言えなかった方々が、やっと言える状況になってきた、と言えるのではないでしょうか。 「声なき声」がやっと産声を上げることができた、現在は、このような状況なのかもしれません。
ここまで、隣に座られる側、つまりトナラーから影響を受ける側から考えてみました。では、トナラー自身はどのように考えているのでしょうか?

電車の車内のイメージ

トナラー側の心理

ここで皆さんに質問です。

問2.次の2つのうち、不快な感じがするのはどちらですか?

ア:隣の席に座られた。
イ:隣の席に座った。

 答えは、アです。理由は「された」という受身の感覚だからです。私たちは受身の際に、大なり小なり「やらされ感」を持ちます。ましてやトナラーの場合、後から座ってくる行為です。 私が先に座っているのに、なぜ?」という疑問も湧きます。そして、私たちはこの「なぜ?」に対する答えが見つからないとき、どうしても不安感が強くなります。グルグル思考に陥りがちだからです。
ここまでわかると、隣に座るトナラーの場合、座られる側と較べると、そもそも不快感を持ちにくい行為ということがわかります。さらに、この他の要因として、次の4点を挙げてみました。

1.パーソナルスペースに無頓着
対人関係の距離感は、かなり個人的な感覚です。空間や距離感が、気にならない人は一定数存在します。座るという主体的な行為は、受身ではなく、不快感を持ちにくい行為でもあるからです。また、順番を守る意識が強い人の場合、パーソナルスペースよりも、順番に詰めて座る発想となります。

2.他者の気持ちに無頓着
距離感ではなく、他者の気持ちに無頓着な人も一定数存在します。本来、人間には相手の気持ちを察する能力(共感する力)が備わっています。ただこの能力にも個人差はあります。また、女性の方が一般的に共感力が高いと言われます。トナラー論争を見ていると 気持ちを察して欲しい」という意見もあり、主に女性からが多いです。

3.自分の固定の場所が決まっている
いつもの「自分の居場所」という感覚を持つ人もいます。電車であれば、通勤のための同じ席。行きつけのカフェや居酒屋などでは、自分の指定席という感覚です。 いつもの場所だから、安心できる」という感覚。この感覚を、縄張り意識と置き換えると・ オレ様感」のトナラーも理解できるのではないでしょうかただ、自宅や自室ではありません。あくまでも公共のスペースです。これが、トラブルを生む要因でもあります。

4.人とつながっている安心感
誰かとつながっているときに得られる安心感。これを求める人もいることでしょう。誰もいないスペースに、ポツンと一人でいる不安感の解消のためです。上記3の オレ様感」ではなく 守って欲しい感覚」です。オレ様感の場合、咳払いをしたり舌打ちをしたり、いかにも 俺は不快だ」と思わせる言動を取ります。これに対して4
の「守って欲しい」感覚の場合、黙ってそっと静かに寄ってくる感じです。

5.犯罪やいたずらが目的
痴漢や盗撮、さらにはスリ、置き引きなどの犯罪が目的で近寄ってくる人もいることでしょう。また、同じ人が毎回現れる場合、あからさまなストーカー行為と考えられます。

6.周りが見えていない
夢中にやっているうちに、気づくと夕方になっていた、などのように、何かに没入するあまり、自分のしたことを覚えていないというケースもあります。具体的には、スマホに夢中のまま電車に乗り、周りを確認しないまま座ってしまった、というケースです。夢中になりすぎた結果、周囲が見えなくなることはありますよね。

 トナラーに関して「悪気はない」という意見も多いです。しかし、5のように意図的な「悪意」を持って、寄ってくるケースもあります。この見分けがつきにくいことも、トナラー論争が平行線で終る要因です。つまり、色々なケースが多く、一括りに論じにくいのです。

 では次に、男性と女性の意見の違いからも考えてみようと思います。

男女の考え方の相違

 トナラー論争を見ていると、嫌だ不快だと気持ちや感覚で述べる女性に対して、男性の多くはルールで捉えていることがわかります。

 例えば、
・自由席なら、どこに座ろうと問題はない
・同じ料金を払っているのに、そこまで配慮を求められるのはおかしい
などの主張です。

 これらの意見は、 座ってはいけないというルールは存在しない」という観点から述べています。 「気持ち悪さ」や「配慮」への反論ではなく、あくまでも「ルール」の主張です。論点がかみ合っていないんですね。

 女性的な脳は感覚や気持ちを重視するといわれます。これに対して、男性的な脳は理屈重視です。男性的な脳(理屈)で、気持ちを押さえつけることは可能です。しかし、気持ちに封印をしてしまうと、結果的に 言いたいことが言えない内向的な性格」になってしまいます。3で 声なき声」と 伝えしました。互いが分かり合うために、まず自分の気持ちを素直に表現することは、とても大事なことではないでしょうか。

 では、ここで冒頭の質問の答え合わせです。
問1.日常生活において、あなたならば、次の2つどちらを選びますか?

A:嫌なことを我慢させること
B:相手が喜ぶことをすること

あなたはどちらを選びましたか?
では、トナラー論争に当てはめて考えてみましょう。

A:「座ってはいけないというルールは存在しない。だから、我慢すべきだ」
B:「相手が嫌がるのであれば、相手が喜ぶように、不快な行為はやめよう」

 2つを並べてみると、一目瞭然ではないでしょうか。

 たとえ悪気がないのだとしても、不快感を受け取る側の我慢には限界があります。Bの価値観の社会が望ましい、個人的にはこのように思います。ただ、物事には限度があります。パーソナルスペースとして、社会距離や公共距離を保ち、十分に配慮しているにもかかわらず、「この人はトナラーだ。不快だ」と訴えてしまうと、過剰な反応と言わざるを得えません。男性 ・女性と区別するのではなく、互いに適度な距離感を保ちつつ、良好な社会生活を送ることができたらいいですよね。

 後編では、トナラーへの対策方法を解説していきます。

(佐藤城人(さとう・しろと))