子どものこころは大人と育つ アタッチメント理論とメンタライジング』(篠原郁子 著、光文社新書)は、心理学を専門とする著者が、子どもをテーマにして書いた書籍。親だけでなく、なんらかのかたちで子どもと関わっているすべての人を対象としているようです。

特徴的なのは、子どもの心理や育ちの特徴などについてではなく、ましてや子育てのためのハウツーでもなく、「子ども」と「大人」の間に生じる“心理的な関係”にスポットを当てている点。子どもと関わるとき、大人である自分の心になにが起きるのか、なにが求められ、なにができるのかなどを考えていこうとしているわけです。

この本は、子どもを客観的に遠くから矯(た)めつ眇(すが)めつするのではなく、子どもと一緒にいるときに湧き起こる大人の心の働きに着目します。

つまり、子どもについての本だけれども、大人であるあなた自身の価値に関わる内容でもあります。ですから、自分事であると思いながら、ページをめくっていただきたいと願っています。(「まえがき」より)

ちなみに本書の根幹をなしているものはふたつあり、まずひとつがアタッチメント

もともと心理臨床の領域で生まれ、発展してきた理論で、子どもの気持ちを考える際に知っておく価値のある大切なことなのだそう。

そしてもうひとつが、本書で中心的に取り上げられている「心で心を思うこと」=メンタライジング。それは社会的認知能力として考えられるものなのだといいます。

メンタライジングの発達は、その他のあらゆる側面の発達と同様に、一生涯続きますアタッチメントもまた、「ゆりかごから墓場まで」と言われるように、一生にわたって機能します。こうした生涯発達を大前提として、本書では一生続くその発達の、特に最初の方に焦点をあてます。(「まえがき」より)

ちょっと難しそうですが、だからこそ、これらについて知っておくべきなのかもしれません。そこできょうは、もっとも基本的な部分であるともいえそうなアタッチメント理論に焦点を当ててみたいと思います。

アタッチメント理論の考え方

アタッチメント理論は、子どもにとっての、大人との関係の意味を教えてくれるもの。そして、著者はそれを子どもに関わるすべての人に知っておいてほしいと述べています。

なぜならそれは、子どもに「自分自身の価値を信じること」「安心できるという感覚」「人や社会は信頼できるという気持ちを育む基盤」であるから。

そのため、誰かとの間でそうした気持ちを経験できた子どもは、長く続いていく人生のなかで「なにかあってもなんとかなる」という気持ちで歩んでいけるようになるわけです。

アタッチメント理論は、イギリスの児童精神科医、ジョン・ボウルビィによって提唱されました。アタッチメント(Attachment)は、我が国では「愛着」と訳され、現在もこの表現が多く用いられています。(35ページより)

「愛着」と聞くと、密接な母子の関係を思い浮かべたくなるかもしれません。事実、本によっては「母子」の間の、特別で深く強い「絆」と説明されることもあるようです。また、子どもが母親との間に築く関係は、重要なアタッチメントの姿でもあります。

とはいえ本書の狙いは「誰か(母親)がやっている子育てを支援する」ことではなく、「誰もが子どもの発達を支える当事者になること」。したがって、多くの方々が子どもと関係をつくること、そして子どもが、関わる大人との間に築く絆について考えることに主眼を置いているのです。(35ページより)

アタッチメントは母子関係に限らない

そこで著者はまず、愛着の「愛」ではなく「着」のほうに注目しています。愛着という文字を読むと「愛」に目が行きがちかもしれませんし、もちろん「愛」も大切。けれどもアタッチメントについて考えるためには、むしろ「着」に注目すべきだというのです。

アタッチメントの直訳は「つくこと」です。

子どもは、落ち着かなかったり、心がソワソワしたり、寂しかったり怖かったりするときに、自分よりも大きくて強くて優しくて賢い人に、くっつきます。くっついて安心や安全を感じ、心の穏やかさを取り戻します。

心穏やかになれば、持ち前の元気と明るさと勇気を心に取り戻して、子どもは再び遊びに出かけていくでしょう。怖いなぁ、嫌だなぁと感じたときに、あるいはこれから感じそうなときに、大人にくっつきたいと思い、くっつかせてもらい、安全だという気持ちを取り戻して感じられること。これがアタッチメントの要です。(37〜38ページより)

先述したとおり、くっつく相手は必ずしもお母さん限定ではありません。お父さんだったり、おじいちゃんやおばあちゃんだったり、あるいは保育園や幼稚園、学校の先生だったりもするわけです。いわば心を注いで子どもの気持ちに関わっている大人は誰もが、「くっつきたい」と子どもが思える対象になるということ。(37ページより)

くっつくこと、離れること

「くっつくこと」は甘えではなく、むしろ反対に、自立した心の成長を支えるものなのだと著者は述べています。それは大人にもあるものだとも。

私たちは、いつでもくっつけるという確信があるとき、離れることができます。反対に、もうくっつけないかもしれないと思うと、離れがたくなります。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、くっつくことを考えることは、離れることを考えることになります。(40〜41ページより)

これはアタッチメント理論の中核であり、おもしろさ。人と人との信頼に満ちた情緒的関係は、まずはくっつくことを思い浮かべさせるからです。

ただしそれは同時に、「“いつでもくっつける関係”が自分にはある」という心の安心の感覚、安全の感覚が、しばしその関係から離れることを可能にするということでもあります。つまりはそれが、自立的に活動する人間の成長を支えるものになるということ。

そのため著者は、“子どもたちが信頼できる人との関係のなかに安心、安全を感じることによって、自分の足で自分の道を歩む姿”をイメージしてほしいのだといいます。

子どもにとって、手を引いてくれたり、背中を押してくれる人の存在はありがたいものであるはず。しかしアタッチメント理論においては、そんなふうに他律的に歩く人間の姿ではなく、自立的に自分の足で歩く人間の姿を考えるのです。

自立的に歩くとは、ひとりで歩くということではありません。誰かとつながっているから、必要なときにその人とのつながりをいつでも感じることができるからこそ、ひとりで歩くことができるのです。そうして歩きながら、新しい出会いを得て、新しいつながりをつくっていくわけです。すなわちこれが、アタッチメント理論の考え方。(40ページより)


特筆すべきは、専門家としてだけではなく、同じ母親としての視点から著者が子どものこころと向き合っている点。だからこそ著者は、ところどころで共感しながら読み進めることができるのではないかと思います。

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Source: 光文社新書