2月14日に発生した台湾の巡視艇と中国漁船の衝突事件は、約1ヵ月半が経過しても解決の道筋は見えず、メディアの報道合戦も収まっていないようです。事態はなぜ、どのようにこじれてしまっているのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』で、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授は、日本のメディアが伝えない台湾・蔡政権の不誠実な対応が続いている状況を解説。自国で起こったこととして置き換えて考えれば、中国の主張や行動に理も分もあることがわかると伝えています。

民進党政権の不安定さこそ台湾海峡最大の不安要因だと晒した漁船衝突事件

厦門・金門島海域(以下、厦金海域)で台湾・海巡署の巡視艇が取り締まり中に中国漁船に衝突、4人の漁師が海に投げ出され、うち2人が病院に搬送後に死亡するという事件が発生したのは2月14日のことだ。大陸で「2・14悪性海上漁船衝突事件(以下、「2・14事件」)」と呼ばれる中台対立の新たな火種だ。

日本での関心は、決して高いとは言えないが、中台双方のメディアはいまも熱い報道合戦を繰り広げている。事件から1カ月と10日が経ち、あらためて際立っているのが台湾・民進党政権の対応の拙さだ。蔡英文政権はいったい何がしたいのか。

この問題で中国側と対立を深めても、台湾側には不利な展開が待っているばかりだ。それなのに、蔡政権は事態収拾に積極的に動いていないのは腑に落ちない。

厦金海域は台湾側が実効支配してきた海域である。しかしいま、その海では中国海警局の巡視船によるパトロールが常態化してしまった。こうした変化を受け、日本のメディアは「尖閣諸島(沖縄県石垣市)で日本の実効支配を崩そうとする手法と酷似している」と警戒の論調で報じている。

そのため日本の「2・14事件」に関する報道は、そのほとんどが「中国がこれを突破口に台湾の実効支配を崩そうとしている」という、いわゆる中国の現状変更の問題として扱われているのだ。だがそれは、あくまで民進党政権が望んだ切り口であって、実際の「2・14事件」をめぐる中台の対立とは焦点がズレた内容になっている。

まず現段階で中国側が台湾に求めているのは(衝突時の)真相の解明、次に被害に遭った漁民への謝罪と賠償、そして(事件にかかわった加害者の)処分だ。台湾当局の船が漁船に衝突し、人命が失われたことを考えれば、当然の要求だろう。

しかも以前のメルマガでも触れたように、台湾側は当初、大陸の漁船が逃走する際に蛇行して転覆したと偽り、衝突の事実を隠ぺいしていた。その事実を生還した漁民が告発するまで隠していたことだけでも問題だが、さらに死亡した漁民の遺族から真相解明の声が上がり、通常あるはずの事故当時のビデオの提出を求められても、「ビデオはない」の一点張りで突っぱね続けているのだ。

大陸側の不信感は膨らむ一方だが、それでも蔡政権は、真相解明、謝罪と賠償、処分という大陸側の要求には1カ月以上たったいまも応じる気配を見せていない。中国海警局の船がいま、台湾が定めた禁止・制限水域に侵入し、それを常態化させているのは、いずれにも不誠実な対応を続ける台湾に対するリアクションなのだ。

こうした問題は、一旦自国の問題として考えてみると解りやすい。例えば日中で置き換えれば、もし中国海警局が日本の漁船に船を衝突させ、日本の乗組員が命を落としたという事件が起きたら、日本人はどんな反応をするだろうか、ということだ。

当初は日本の漁船が逃走し蛇行したことで転覆したと説明していた中国が、生き残った漁民の証言で「実は衝突された」ことを認めるという展開ともなれば、対中批判がヒートアップするのも避けられないだろう。中国国内では亡くなった漁民の家族が涙を流す映像も流れているのだ。そんな状況下で誠実さを欠いた対応をされれば、強烈な対抗措置に出てくるのは中国ばかりではないだろう。

つまり現状は、台湾側がある意味で習近平政権の鼎の軽重を問うような挑戦を続けているようなものなのだ。

この問題を、中国が「事件を突破口に台湾の実効支配を崩そうとしている」という視点からのみ伝え続ける日本メディアの不思議さはさておき、自分たちの対応の拙さを国際世論(日本など)を巻き込むことで補おうとする蔡政権は、やはり子供っぽく無責任だと批判されても仕方がない。小火が簡単に大火事になりかねない微妙な海域で、わざわざ相手の感情を害し、その尻拭いを国際社会にさせようというのだから、どうしようもない。

そもそも中国は、厦金海域で自らの存在感を急激に高めようと虎視眈々と狙っていたかといえば、極めて疑問だ──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年3月24日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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