業界をリードするピッコマ、電子マンガ市場をどう見る?

 国内の電子マンガ市場は2022年度に5199億円(電子書籍ビジネス調査報告書2023)を記録し、今なお右肩上がりに成長を遂げています。そのなかでも業界と市場を牽引し続けているのが、23時間経過すれば次のエピソードが無料で読めるサービス「待てば¥0」で革命を起こした電子マンガ・ノベルサービス、ピッコマです。

『梨泰院(イテウォン)クラス』の実写化や、『俺だけレベルアップな件』のアニメ化など、縦読みフルカラーマンガ「Webtoon」(ピッコマでは「SMARTOON」と呼称)の2次展開でも成功を収めています。

 大手出版社・IT企業が続々と電子マンガやWebtoonに参入するなか、業界をリードするピッコマは現在の電子マンガ市場をどのように見ているのか。同サービスを運営する株式会社カカオピッコマの常務執行役員である熊澤森郎(くまざわ・もりお)さんにお話をうかがいました。

【取材・文=いしじまえいわ、編集=沖本茂義】

●ピッコマがマンガに初導入した「待てば¥0」モデル
 23時間経過すれば次のエピソードが無料で読める「待てば¥0」や、コミックスをエピソード毎に購入できる「話売り」など、それまでになかったサービスで国内電子マンガ市場を切り拓き、数ある国内の電子マンガアプリのなかで2020年7月に売上トップとなったピッコマ。現在ではマンガアプリ市場の5割強のシェアを有しています。

 ゲームにおけるフリーミアムモデル(基本無料)など、作品の一部を購入前に楽しめる仕組みはさまざまなエンターテインメントコンテンツにありますが、それをマンガに導入したのがピッコマの「待てば¥0」です。

 今となっては多くのマンガアプリに導入されている「待てば¥0」ですが、2016年のサービス開始時は適用を許可する版元は少なく代表自ら、このモデルを多くの出版社に根気よく説明して回っていました。

 ちなみに、初めて「待てば¥0」を認めた作品は、『め組の大吾』等で有名な曽田正人先生によるファンタジーマンガ『テンプリズム』だったとのこと。

先進的な取り組みを受け入れた『テンプリズム』(コルク)

●8年目を迎えたピッコマのスタートと現在
 なぜピッコマは「待てば¥0」の導入にこだわったのでしょう? その理由を熊澤さんは「安売りではなく、マンガを買って読んでもらうことのハードルを下げるため」と説明します。

 マンガの熱心なファンであれば、自分が面白そうだと思うマンガにお金を払うことに抵抗はありません。ですが、普段マンガをあまり読まない人の場合は、このマンガ面白そうだと思っても、購入しないか、あるいは、購入をためらう人も多いでしょう。

 いきなりコミックスを1冊買うのではなく何話かだけを「話読み」することで作品を気に入ることもありますし、「待てば¥0」があれば「早く続きが読みたい!」と思って自然とマンガを購入したくなることもあるでしょう。これらのモデルによって普段マンガと縁遠い人にマンガを買ってもらうためのステップを作り、マンガの読み手の総人口を増やすことで規模を拡大してきたのがピッコマだといえます。

 そんなピッコマの成長とマンガ読者層の拡大とともに巨大化してきた電子マンガ市場ですが、今の市場を熊澤さんは「成長の度合いが緩やかになってきていて、実際、業界関係者のなかには、もう成長は落ち着いたと見ている方もいます」と冷静に評価しています。

「2016年のサービス開始当時は、紙コミック誌の売上が下降トレンドで、また一方で電子マンガの普及も今ほどの状況ではありませんでした。言い換えればいろんなことが落ち着いてしまっていた状態ともいえますから、すごくポジティブに考えれば、ある意味で2024年の今の市場状況は、サービス開始時に類似しているとも捉えられます」

●ライバル視する企業とピッコマならではの強み
 現在、「待てば¥0」はどのマンガアプリにもある機能として一般化しました。そんな現在、ピッコマはどういった企業やサービスをライバル視し、いかに同業他社と差別化を図っているのでしょう?

 熊澤さん曰く「業界トップを追う立場だった時はひたすらにトップの背中を追えばよかったのですが、いざ先頭に立ってみると追うべき目標がなくなるので、嫌味に聞こえるかもしれませんが(笑)自ら方向を定める必要があり、チームとしては、そこを日々悩んでいます」「同業他社は、むしろマンガのファンを増やしていく仲間だと捉えています」とのこと。

 では今、何に意識を向けているのかというと「YouTubeやTikTok」なのだそうです。

「どちらのサービスもライト層の取り込みが非常に巧みです。マンガの読み手の数には人口の観点からも限界がありますから、市場の成長が緩やかになるのは避けられません。ですが、自ら変化をすることでまだ伸びる可能性があると私たちは考えていますし、今はそこに全力で取り組んでいます」

カカオピッコマの常務執行役員である熊澤森郎さん

縦読みマンガからアニメに!『俺だけレベルアップな件』ヒットの意外な成果

 国内でも徐々に定着してきた感のある、縦読みマンガ「Webtoon(SMARTOON)」。ピッコマで配信されている『俺だけレベルアップな件』もそのひとつで、2024年春クールにはA-1 Pictures制作にてTVアニメ化も果たしました。

 その手応えについて熊澤さんは「非常にいい反応がありました」といいます。

TVアニメ『俺だけレベルアップな件』 (C)Solo Leveling Animation Partners

「地上波放送に加え、Amazon Prime Videoの配信を皮切りにNetflixなど各種配信サイトでも配信したのですが、世界の多くのエリアで配信視聴ランキング1位を獲得することができました」

 ピッコマでは、アニメ版で新しいエピソードが公開される毎に、原作の同エピソードまでを毎週無料公開する連動キャンペーンを行い、ファンの盛り上がりをサポートしました。また、ピッコマでの作品ページのトップ部分に外伝やノベル版、アニメ版配信サイトへのリンク集を設置し、作品のファンにより作品世界を楽しんでもらえるよう工夫を施しています。

『俺だけレベルアップな件』作品ページ。上部バナーからアニメ配信サイトのリンク集に遷移する。

 ピッコマの作品ページに設置してあるアニメ版配信サイトへのリンクは、頼まれたのではなく自主的に設置したとのこと。「まずはファンの方々に作品を楽しんでもらい、作品が育つことが大事」といいます。それに徹した結果か、『俺だけレベルアップな件』は既に完結した作品でもあるにもかかわらず、放送・配信後に原作の売上もさらに伸びているのだそうです。

「足元の売上ももちろん大事ですが、ファンや作品の版元の方々に『ピッコマは一緒に作品を盛り上げてくれる』『何か面白いことをしてくれる』と思ってもらえることの方が嬉しいですね」

 Webtoon原作アニメとして大きな成果を残しつつある『俺だけレベルアップな件』。それによってWebtoon作品全体の売上も拡大傾向にあるのでは? と思われます。それについてうかがったところ、意外な答えが返ってきました。

「以前はWebtoonと従来型の横読みマンガの売り上げはほぼ同等でした。それに対し、最近はむしろ横読みマンガのシェアが伸びています」

 Webtoonの成長以上に、横読みマンガが成長していることを熊澤さんは「これまでマンガと縁遠かったライトなユーザーの方々が、Webtoonやアニメを介してマンガを読んだり買ったりしてくれるようになっているようです」と分析しています。

ピッコマオリジナル作品。SMARTOONの他、ノベルもラインナップしている。

●大事なことは「多様性と拡張」
 ピッコマでは『俺だけレベルアップな件』のような独占作品を多数配信していることに加えて、Webtoonの制作スタジオを複数有しており、オリジナル作品の開発も手掛けています。

 こういった独占作品やオリジナル作品の展開に関して、ピッコマはどのようなことを意識しているのでしょうか。

「弊社には作品に関する膨大なデータがあり、関連スタジオではそのデータを作品作りに活かしています。ヒットレートを高めるような要素をデータから抽出することで、実際に成功する事例が多数出てきています」

 ただし熊澤さんは「ビジネスを考えるとそういった作品も必要ではあるのですが、それだけでは、ユーザーに新しい作品体験をしてもらうことはできないので、オリジナルの一部の打席では、ジャンルの拡張のためにもデータから解放されたチャレンジをしていきたいと考えています」と、過去のデータに依存した作品作りばかりにならないよう心がけているようです。

「大事なのは多様性と拡張であり、怖れるべきは停滞です。売れる作品を有していることは短期的には喜ばしいことですが、そこに留まってしまうのは怖いですね」

 これは作品に関してだけではなくピッコマの事業全体に関しても同様で、売れる層に売れる作品を売るか、まだマンガ読者ではない人にマンガを売るかでいえば「ピッコマは圧倒的に後者」と熊澤さんは答えます。

「現在の電子マンガ市場は、少し落ち着いてきている状況です。だからこそ、まだマンガに馴染みのない人やマンガの面白さが届いていない人に向けて作品の面白さを届けることを強く意識しています。8年前、ピッコマが生まれた時と同じく、マンガの裾野を広げるチャレンジを続けることこそが、次の一歩になると考えています」