ドズル・ザビ撃破後の物語が大きく変更された

 今では多くの人に愛される『機動戦士ガンダム』ですが、TV放送時は視聴低迷により、本来は全52話放送する予定を変更して43話で打ち切りになってしまいました。富野監督は当初、どのようなシナリオを想定していたのでしょうか。そしてその通りに進んだ場合、後のシリーズ展開への影響はありうるでしょうか。「トミノメモ」をもとに考えてみました。

●トミノメモとは?

「トミノメモ」とは、1980年に出版された『機動戦士ガンダム 記録全集5』(日本サンライズ)で初公開された、アニメ『機動戦士ガンダム』の最初期のシノプシス(あらすじ)です。執筆時点では正式名称が決まっておらず、全52話の『ガンボイ』として構想されました。このトミノメモを元に『機動戦士ガンダム』のフィルムが出来上がったとされています。第37話以降のメモが公開されており、TV放送された『ガンダム』の展開と大きく異なっているのが特徴です。

●月の地中から攻撃をしかけるララァ

 TV放送では、「アムロ」が「ララァ」と戦ったのは宇宙空間でしたが、トミノメモでは月の地下が戦場です。ララァがモビルアーマー「エルメス」に搭乗する点は同じながら、彼女は月の地中を通して(表記ママ。月の地下空洞と推測される)「ドク」(ビットの原名)攻撃を仕掛けてきます。アムロは「Gブル」で地中を進んでエルメスと戦います。

 その後、ララァがアムロとニュータイプ的な交感をしてから討たれる展開は同じであるものの、その内容は全く異なります。ふたりは交感中に「力、示せよ。次なる人はその力、見て、範とする」という神の声らしきものを聞くのです。そこに「シャリア・ブル」の部下だった少年「バッカデリア」が介入します。

「共に死ね! ジオンにとってララァは裏切りとなる!」「シャア大佐! ララァは危険です! 私にはきこえた。敵の少年とざれ合うララァを!」

 TV版では「シャア」がアムロと交感するララァに嫉妬しましたが、初期構想ではふたりの関係は限定されています。ララァはシャアを三度救いつつ、アムロに突進し撃墜されました。ララァが特別なニュータイプだった点はTV版と共通している一方、シャアが彼女の死を悼む描写はありません。

メモのとおりの展開なら、続編は準主役くらいの役どころだったかも。「エクセレントモデル RAHDXシリーズ G.A.NEO セイラ・マス」(メガハウス) (C)創通・サンライズ

アムロがギレンを射殺! シャアは妹に遺言を残して死亡!?

 トミノメモによると、最終話のサブタイトルは「ジオン殲滅 パートII」となっており、TV放送版とは全く異なる物語が展開されます。トミノメモの「ア・バオア・クー」は「要塞基地であると同時に軍事工廠のおかれているサイド」「要塞都市」とされています。岩石ではなくスペースコロニーのイメージなのかもしれません。

 戦いの中、「ホワイトベース」は「グワジン」と接触し大破、「ガンダム」も「ギガン(モビルスーツと地上砲台の中間のようなメカ)を打ち倒し大破してしまいます。アムロはシャアと合流し、拳銃一丁で「ギレン親衛隊」と戦いながら走ります。

「ブライト」「セイラ」「ミライ」を含むホワイトベースの搭乗員も生身で戦い、次々と負傷し倒れていきます。そして遂にアムロは「ギレン」に辿り着きました。

 しかしギレンは既にア・バオア・クーの自爆スイッチを作動させていたのです。アムロはニュータイプ能力で起動までの猶予が1分30秒しかないことに気づくと、即座にギレンを射殺します。直後にギレン親衛隊の射撃をうけたアムロは「どうと倒れる」のですが、ララァの呼びかけに応えながら「破壊されたガンダム」にたどり着きました。そしてニュータイプ能力で負傷したり昏倒したりしているクルーに脱出を呼びかけます。

「フラウ! フラウ! 僕の大好きなフラウ! 頑張ってくれ。Wベースに戻るんだ。」「カイさん、ハヤトさん! 死んじゃうぞ! 起つんだ! 起ってくれ!」

 トミノメモにはこの時のシャアとセイラの会話も詳細に記述されています。

「あ、…アムロに伝えてくれ。いい少年だと…」「…アルテイシア…、いい女になれよ」「もう頑張らなくていい。いい時代が開ける。」「アルテイシア…愛している」

 トミノメモにはシャアの生死について記述はないながらも、セリフのたどたどしさからシャアが負傷し、妹に遺言を残したように読み取れます。そしてなによりも直後の「セイラ、いや、アルテイシア。ダイクンは走った!」という記述に注目です。兄を看取って走り出すセイラの姿がありありとイメージできます。

 その後、ホワイトベースのクルーとアムロは爆発するア・バオア・クーから脱出し、ジオンと連邦の和平交渉が成立しました。

●打ち切りから伝説に!

 こうしてトミノメモの内容を追っていくと、シャアを生存させたこと、ララァやアムロとの関係性を強化したこと、神の声を削除したことが後のシリーズに繋がる大きなターニングポイントだったといえます。話数圧縮のため「バッカデリア」や「ダルダン」、「ゴラ」といった新たなニュータイプの出番を削ったことも功を奏したようです。

 もしもトミノメモの展開のまま続編を作ったら、シャアの代わりにセイラが「アルテイシア・ダイクン」として歴史の表舞台に立つ『Zガンダム』になったでしょう。セイラがカミーユを教え導くのです。「パプテマス・シロッコ」や「ハマーン・カーン」が敵に回らない可能性もありえます。

 アムロについては、直接ギレンを手にかけている点が問題になりそうです。「ミネバ・ザビ」やジオン残党が絡む後々の展開に大きく影響があるかもしれません。

 もっとも打ち切りにならなかったとしても、トミノメモの展開がそのままフィルムになったとは限りません。実際は脚本家やデザイナー、アニメーターとの共同作業なので、その内容は制作中に変化していくからです。

 トミノメモは富野監督の思想がストレートに反映されていますが、決して「純粋な本当のガンダム」ではありません。最初期の企画や構想を知るための貴重な資料として参考にするのがよいと思われます。