「怖がらせる教育」の限界

 あなたは子どもの頃、学校の校庭に警察官がやってきて、スタントマンが車にぶつかる実演を見せられたことがあるだろうか。あるいは、自転車に乗ったマネキンが車にひかれてバラバラになるのを見たことがあるだろうか。

 このように「怖い体験」を通じて、事故の恐ろしさを知ってもらい、事故に遭わないように気をつけさせようというアプローチは広く行われている。免許更新の際にも、事故を起こしたために人生が台無しになった人の体験談ビデオを見たことがあるのではないだろうか。

 しかし、さまざまな研究からこの「怖がらせる教育」には限界があることがわかっている。怖がらせる教育が後の追跡研究で実は逆効果だったことがわかった事例として有名なのが、犯罪予防を狙った

「スケアードストレートプログラム」

である。

 この教育プログラムは、若者たちを犯罪から遠ざけることを目的に1970年代に米国で始まった。若者を刑務所に連れて行き、受刑者たちから刑務所の生活の厳しさを語ってもらい、犯罪の道を選ばないよう強く警告するという内容だ。このプログラムはドキュメンタリー映画「スケアードストレート!」にもなり、大きな反響を呼んだ。

・プログラム直後の青少年の感情的な反応
・映画で取り上げられた成功事例

から「効果的だ」という誤解が広がった。しかし、後の科学的な追跡研究では、このようなプログラムが犯罪抑止効果を持たないばかりか、逆効果である可能性が示されたのだ。

 このような怖がらせる教育の効果が疑わしいという結果は、犯罪予防の分野だけでなく、交通安全教育でも数多く報告されている。

ドキュメンタリー映画「スケアードストレート!」(画像:Docurama)

「恐怖と理解」教育のバランス

 怖がらせる教育が逆効果になる場合があるのはなぜだろうか。

 強制的に怖い思いをさせられる体験は、教育を受ける人の心に強いストレスを感じさせ、反発心を引き起こす可能性がある。したがって、強制してくる権威に対して挑戦的な感情が芽生える場合があると考えられている。

 強いストレスを感じた人のなかには、怖い体験のことを考えたくない、思い出したくないと感じる人もいる。だから犯罪防止や交通安全など、そのトピックそのものをなるべく意識しないようにするかもしれない。そうすると、解決策を考える機会も失われてしまう。

 逆に、危険な体験そのものに魅力を感じてしまい、模倣したくなる可能性も考えられる。ジェットコースターやホラー映画で、自ら進んで怖い思いをしたい人がいるように、人間は元来、普段経験しないようなセンセーショナルな体験を求める生き物でもあるのだ。

 交通事故の実演では、比較的派手に衝突しているのに、終わった後にスタントマンがピンピンしていることも問題かもしれない。スタントマンが大けがしないのは、綿密な計算や十分な訓練のたまものであり、本当の事故はただごとでは済まないのだが、元気なスタントマンを見て「なんだ、ぶつかっても大丈夫じゃないか」と誤解される可能性もある。

 そして何より問題なのは、怖がらせる教育だけでは

「どうすれば怖い思いをしないで済むか」

が伝わらない点である。リスクを回避する方法が伝わらなければ「自分の努力で怖い思いを避けられる」という自己効力感が育たないので、危険な行為だけでなく、すべての行動を抑制する消極的な人になってしまう可能性がある。最も簡単に犯罪や交通事故のリスクを下げる方法は、家から出ないことだからだ。

 恐怖の感じ方には個人差があるし、怖い体験は印象に残りやすいのは確かなので、効果を否定していない研究もある。また、機転のきく人なら、怖い体験からリスク回避の方法を洞察できるかもしれない。

 しかし、安全教育は誰にとっても効果的でなければならない。だから効果について見解が分かれ、ストレスフルで、副作用がたくさんある怖がらせる教育を無理してやることはないだろう。よくも悪くも怖がらせる教育には強いインパクトがあるので、その後、大切な「リスクの回避方法」を説明したとしても、あまり耳に入らない可能性もある。

通学路の標識(画像:写真AC)

リスク認識と安全教育の改善

 ここまでの内容は、学校などでの集団教育の話だが、これは例えば親が子どもに道の歩き方を教えるような個人の教育にも当てはまることかもしれない。

 例えば、子どもが道路に飛び出しそうになって、それを慌てて引き止めた状況を考えてみよう。どんな恐ろしい結果が待っているのか、今の行為がどんなに危ないかを伝え、二度としないように怒ることもできる。

 このような教育は子どもの印象にも強く残るので、一時的には効果的だろう。しかし「怒られたこと」が印象に残るので、子どもは交通事故を回避するという本来の目的ではなく

「親に怒られないためにはどうすればよいか」

を考えるようになってしまうかもしれない。

 もちろん、子どもが道に飛び出したりする経験は、親にとっては恐怖そのものだ。頭ではわかっていても、つい怒ってしまう気持ちはよくわかるし、筆者(島崎敢、心理学者)にもそのような経験がある。

 こういうときは、感情的になってしまったことを素直に謝り、どうして感情的になってしまったか、理由を話してあげてほしい。そして双方が落ち着いたら、どうすれば怖い思いをしないで済むかをしっかりと伝え、うまくできたら褒めてあげて、リスク回避の自己効力感を高めてあげてほしい。

 そうすることで、子どもたちに自然と何が危険か、どうすれば危険を回避できるかを考える姿勢が育まれ、他のリスクにも応用が利くようになる可能性もある。子どもたちの安全のために怖がらせる教育ではなく、ぜひ

「考えさせる教育」

をしてほしい。

 間もなく小学校1年生は人生で最も交通事故のリスクが高い時期を迎える。この時期の安全教育はとても大切だ。ちょうど去年の今頃、当媒体で「春の新生活を襲う「小学生の交通事故」子どもの認知機能は想像以上に未発達、保護者が避けるべきは「左右よく見る」という、大ざっぱな注意方法だ」(2023年4月11日配信)という記事を書いたので、こちらも併せて参考にしてほしい。