自衛隊の問題行動

 自衛隊の行動が問題視されている。陸上自衛隊32普通科連隊がSNS上で「大東亜戦争」の用語を使用した。陸上幕僚監部(陸幕)や海上自衛隊練習艦隊が靖国神社に昇殿参拝した事例である。

 世間からすれば理解しがたい事態である。「政府機関」である自衛隊が侵略戦争を肯定し軍国主義を支持する行動を取ったためである。

 なぜ、自衛隊はこのような振る舞いをしたのだろうか。

 単に「教養が欠如している」ためである。そこに高尚な“思想”というほどのものはない。

靖国神社(画像:写真AC)

「右派は正しい」という認識

 では、どのように欠如しているのだろうか。

 ひとつ目は、「ライト・イズ・ライト(右派は正しい)」である。

 自衛隊には「右派っぽいことをいっておけばよい」の雰囲気がある。

・中国や北朝鮮、韓国への批判
・野党批判
・市民運動批判
・新聞批判

がそれである。社会保障充実への反発や原発推進もそこに含めてよい。

 入隊するとその雰囲気に染まる。多くはノンポリ(政治運動に関心がない人)で

「公務員系の就職先だから自衛隊を選んだ」

程度の考えである。それゆえに、何かの意見を発表するとなると窮する。そして、その際には「右派っぽいことをいっておけばよい」と学習する結果である。

 これは今回の「大東亜戦争」の使用や、靖国神社への崇敬や昇殿参拝の根源的原因である。

 そこに深い思慮はない。なぜ右派っぽいことをいうべきなのか、いわなければならないのか。それは

「周囲がそう発言しているから」

といった程度である。

 そもそも、文系の知識もない。右派思想ないし保守思想とは何かを深く考えていない。なぜ右派には民族派と別に

「謎の親米派」

がいるのかは理解できていない。その知識もあやうい。「国体」の語を知らず左派用語の「天皇制」をそのまま使う水準である。

 ただ、本人たちはライト・イズ・ライトを信じている。32連隊のSNS担当者や陸幕実務者、練習艦隊の研修担当者は、ミスガイドされた常識に合わせて「大東亜戦争」の語を使い靖国神社の参拝計画を作ったのである。

装甲車(画像:写真AC)

“お理工さん”の天国

 ふたつ目は、“お理工さん”である。自衛隊、特に高級指揮官層の教育背景は理系に偏している。文系の知識に乏しい上、その文系知識を軽視する、“お理工さん”も多い。

 そのため「大東亜戦争」や靖国参拝の問題を認識できない。本来なら拒絶すべき内容をそのまま通してしまうのである。

 もともと士官層は理系に偏っている。大学卒で採用する士官を「A幹」と呼ぶが、その半分を占める防衛大学は9割が理系、残りの一般大卒も技術採用や薬剤採用を含むため7割理系である。

 入隊時は文系分野には暗い。そもそも基礎的・常識的な知識を欠くものが多い。

 例えば、実学としての英語は得意でも「大母音推移」や「グリムの法則」を知らない。そして英語が得意だと高確率で国語や歴史が怪しい。漢字も略字の「衛」や「権」「職」が読めない。沼津兵学校の話で出てくる「『安緑山』は唐の山でトテモトテモ高い」の水準である。

 法律関係では、そもそも民法と刑法の区別も怪しい人もいる。国際法の教務でも不告不理の原則を知らないで受講する。右派が政権擁護で持ち出す推定無罪も刑法限りであり、本来は法は推定を許すことを知らない。

 もちろん、理系出身者も過半は自ら成長する。おいおいには承知していくので文系知識を持たず軽視する、“お理工さん”にはならない。

 ただ、残り半分近くは、“お理工さん”となる。入隊以降に軍事や英語といった自衛隊内の偏頗(へんぱ。片寄って不公平なこと)な職業訓練だけしかやらないとそうなる。旧軍でいう『作戦要務令』にあたる本の暗記や、戦術や大砲の弾道のような兵書ばかりを読んでいる。後は英会話を頑張るだけである。

 そして、その方が出世する傾向にある。自衛隊の職業教育だけをやる方がコスパもタイパもよい。ライト・イズ・ライトも疑わないので“体育会社会”での受けもよい。安緑山先生のままで高級幹部になってしまう。

 そうなると部下が持ってきた「大東亜戦争」や靖国参拝計画を認めてしまう。それが

・世論の反発
・アジアの怒り
・世界の批判

をもたらすことを理解しないのである。

防衛省(画像:写真AC)

塀の中の“常識”

 三つ目は、世間の常識とのズレに気づかないことである。

 自衛隊は閉鎖社会である。そのため塀の外と常識もズレている。

 だからヘンテコな事態が横行する。1、2で挙げたライト・イズ・ライトや、“お理工さん”な判断も通用してしまう。

 また、塀の外では到底通用しない理屈も堂々開陳が許されており批判を受けない。

 元3等海佐(中級幹部)の筆者(文谷数重、軍事ライター)は某統合部隊で田母神(俊雄。第29代航空幕僚長)擁護論を聞いたことがある。アパ事件(2008年の田母神論文問題。田母神氏が政府見解に反する主張をした懸賞論文で大賞を受賞したと発表された直後に更迭された)で国民世論が免職を求め、政治も保革ともに早期更迭で一致していた時期である。それにも関わらず、しかもよりによって交代行事で転出指揮官が

「田母神さん悪くない」

と前日の更迭の非を訴え、ついに泣き出していた。

 別の指揮官だが、同じ部隊で投票日前に「選挙ではどの候補が自衛隊の有利となるかを考えて」といい出す御仁もいた。後に下僚に聞くと

「陸自ではよくあるよ」

とのことであった。

 念のためだが、どちらも10年以上前の話であり当人はすでに定年退職している。

 このようなことが自衛隊内ではまかり通るのである。

 これも「大東亜戦争」や靖国参拝をもたらす要因である。避けるべきとの世間の常識がない。だから抵抗なく使ってしまう。

 もちろん、世間の常識をわきまえる自衛官もいる。「大東亜戦争」は使えないし、組織として靖国参拝はしてならないことを承知する自衛官も多い。

 ただ、それは塀の中の常識と衝突する。それをいい出すと自衛隊内の“正義漢”の反発を食らう。一種の信心なので説得は受け入れない上、逆恨みを買う。

 だから表立っていえないし、矯正も諦めている。開明派でも部下の無駄な反発を避けるために直接的にたしなめたりはせず、いわば風諫(ふうかん。遠まわしに忠告すること)にとどめるのである。

陸上自衛隊のウェブサイト(画像:陸上自衛隊)

できない打算

 自衛隊でこのような振る舞いが出てくる背景は以上のとおりである。

 つけ加えれば、打算としての損得勘定も甘い。本人の思想はおこう。内心で右派思想を持つのは本人の自由である。ただ、

「それを表明すれば自衛隊はどうなるか」

の思慮はない。

 外に向けて「大東亜戦争」をいい出せば部内で使えなくなる。侵略戦争の実態に目をそらしたままで兵学だけ進めるための工夫としての自己欺瞞(ぎまん)も使えなくなってしまう。

 靖国参拝の影響はそれよりも大きい。革新陣営でも慣習として認めている伊勢神宮や所在地の神社への参拝、海自なら艦内神社に問題が波及する可能性がある。

 閉ざされた世界であり、自ら住む楽園をも毀損(きそん)する行為である。それにも気づかないのである。