ストレス蓄積の危機

「2024年問題」でバスドライバー不足が問われるようになって久しい。彼らの給料が同年代の他業種に比べて低いという事実は、離職率や新規採用者数の減少の主な要因として、筆者(西山敏樹、都市工学者)もすでにさまざまなところで言及してきた。

 しかし、あまり注目されてこなかったのが

「重労働」

の問題である。筆者はバス業界の経営問題を研究しているため、バス事業者の現場をたびたび訪問し、ドライバーにインタビューしたり、コミュニケーションをとったりしている。

 そのなかで出てくるのが、ドライバーのストレスの蓄積をどう防ぐかという問題だ。バスを利用する側も、この問題をどう防ぐかを考え直す時期に来ているのではないだろうか。

路線バス(画像:写真AC)

ドライバーのホンネと利用者の心構え

 筆者がドライバーと話をしていると、

「乗客にはバス停に着いたら立って降りてほしいが、着く前に立って車内を動き回らないでほしい」

という話題が特によく出る。近年、車内の安全対策のため、この注意喚起を徹底する事業者が増えている。また、ワンマン放送だけでなく、ドライバーの音声ガイダンスによる注意喚起も頻繁に行われている。これは、万が一けがをした場合、

「ドライバーが責任を負う」

ことになるため、当然の行為である。筆者は過去に路線バスの床材の性能を調査し、すべり抵抗値(床の表面がどれだけすべりやすいかを示す指標)を向上できる新しい床材を企業と共同で研究したことがある。その際も、事業者から

「乗客はバス停に着くまでに車内を立って移動する。発車させたいのにすぐ近くの席に座らないし、立ったままのこともある」
「ノンステップバスやワンステップバスなどバリアフリー車両が増えているが、中扉以降のステップなど、けがの要因になっている場所がいくつかある」

という声を多く聞いた。

 そのため、床材そのものの改良研究も現実味を帯びてきた。しかし、安全性は物理的な面と利用者のマインドが合わさって初めて効果を発揮するものであり、利用者は、ドライバーに不快感を与えたり、事故のリスクを負わせたりしないように注意しなければならない。特に、高齢者の多くは足が悪いため、バスをスムーズに降りようと焦る傾向があるのだ。

路線バス(画像:写真AC)

バス利用者のマナー問題

 他のドライバーと話をした際、ストレス要因として次のような乗客の行動が挙げられた。

・事前に釣り銭を用意しておらず、5000円札や1万円札での支払いに時間がかかる。
・整理券制なのに整理券なしで乗車し、乗車区間や運賃の確認に時間がかかる。
・乗車後、ドア付近で立ち止まり、乗降に時間がかかる。
・ふたり掛けなのに座席を占領し、手荷物を座席に置き、他の乗客に迷惑をかけている。
・スマートフォンの通話など、他の乗客とのトラブルやケンカで乗降に時間がかかる。
・路線バス内でのマナー違反に対し、ゴミの放置や騒音など不適切な行動をする。
・道路混雑などでバスが遅れているときに、暴言を吐くなど、ドライバーへの暴言や脅しをする。
・バスが発車した後、ドアをたたいて乗車要求する。
・高速バスの休憩時間を守らない。
・ドライバーのプライバシーに配慮せず、車内外の写真を撮ってSNSに投稿する。
・混雑しているにもかかわらず、ベビーカーをたたまない。
・ドアの前に立ち、安全センサーが作動してドアが開かないようにする。
・外国人客が多い観光路線でフリーパスをきちんと提示せず、チェックに時間がかかる。

 以上のように、路線バスのドライバーのストレス原因は多い。また、乗客でなくてもマナーの悪い運転や駐車をする市民がおり、バスの運行に支障をきたしている。ドライバーの離職を防ぎ、就職者を増やすためにも、利用者や市民は改善すべき点が多いことを反省すべきである。

路線バス(画像:写真AC)

求められる乗客の支援体制

 さらに、ドライバーの労働環境の問題もある。2024年問題は、ドライバーの残業時間規制、退勤から次の勤務までの休息時間が従来の8時間から最低9時間、推奨される基本休息時間11時間と長く取れるようになったこともあり、働き方改革のひとつである。

 しかし、安全第一の方針のもとでは、前述のようにストレス要因が極めて多く、担当路線も細長い。また、道幅が狭いなど労働条件が過酷になるケースも多い。このような環境がドライバーのストレスを増大させ、さらには身体そのものに健康上のリスクをもたらすことは想像に難くない。

 幹線道路を走る路線バスは、交通渋滞により長時間連続勤務を余儀なくされることもあり、十分な休憩時間の確保が難しい。一般的な路線バスの場合、

「私は連続乗務しているので、ここで30分休ませてください」

というわけにはいかず、低賃金のなかで尊い人命を預かるという重責をドライバーは担っている。結局、路線バスが安全に運行されることが、ドライバーと乗客双方の“幸福”なのである。

 ドライバーが安全運転に集中できる環境づくりを支援することも重要だ。そのためには、一般市民や私たち乗客の意識を高めることが重要であり、筆者も改めてこの問題を提起したい。