世界はペースがどんどん速くなり、高度につながり合っていて、すぐさま対応することがよしとされる。そのような「即レス文化(urgency culture)」によって、何が本当に重要で何が重要でないかの境界が曖昧になっている。

 仕事では、たびたび来る土壇場の依頼、非現実的な納期や仕事量、勤務時間外の連絡に対応などが求められる。私生活では、人間関係で無理をする、取り残されることへの恐怖(FOMO)からSNSを頻繁にチェックする、立て込んでいるようなときでも電話やテキストメッセージに即応するといった行為が、何にでも即時対応を是とする文化の表れだろう。

 常に慌ただしく、仕事でも私生活でも常にスイッチの入った「オン」の状態であることを暗黙のうちに期待されると、人々の警戒心は高まった状態になる。この過覚醒がストレスと不安を著しく増大させると、米国ロサンゼルスの臨床心理士でデュアリティー・サイコロジカル・サービスを運営するジョエル・フランク氏は述べている。

 米国心理学会が行った「Stress in America 2023(米国のストレス2023年版)」調査の報告によれば、新型コロナウイルスのパンデミック後、成人の4分の1近くが10段階評価で8以上の強いストレスを感じていると回答しており、2019年から19%増加している。

 影響は若年層ほど大きい。デロイト トーマツ グループが若年層を対象に行った「2023年 デロイト Z・ミレニアル世代年次調査」では、Z世代(1990年代半ばから2010年代序盤生まれ)のほぼ半数、ミレニアル世代(1980年代から1990年代半ば生まれ)の3分の1以上が、常にあるいは大半の時間、不安やストレスを感じていると回答している(編注:同調査の日本版では、ストレスを感じるミレニアル世代の割合はグローバルとほぼ同じだったが、Z世代の割合は36%とグローバルの数値より低かった)。

「不安は切迫感につながり、それぞれが互いを強化するサイクルが生まれます」とフランク氏は説明する。

「常時オンでいること」の大きな負荷

 常時オンの状態でいると、得てしてマルチタスクが必要になる。しかし、人の脳には、2つ以上のタスクを同時にこなす神経認知機能はないことが学術誌「Cerebrum: the Dana Forum on Brain Science」に2019年に発表された研究で示されている。

 しかも、「マルチタスクにつきものと言える、注意を削ぐものへの誘惑を断ち切るのは難しい」と神経科学者のフリーデリケ・ファブリティウス氏は話す。「その結果、マルチタスクをしていないときでも、集中するのが難しくなることがあります」。ファブリティウス氏には『The Brain-Friendly Workplace(脳に優しい職場)』の著書がある。

 一方、常に過剰な刺激があることは、即応をよしとする文化の重要な一因であり、ドーパミン系の活動が鈍化してしまう。つまり、過剰な刺激を受ければ受けるほど、喜びを感じにくくなるとファブリティウス氏は説明する。

 また、過剰な刺激は時間をかけた深い思考の妨げにもなる。絶えず情報を処理し、素早く決断を下すことで脳が追い立てられていると、しばしば浅い思考に頼ってしまう。その結果、長く集中し続ける必要がある難易度の高い仕事に取り組む能力が損なわれると、フランク氏は話す。

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