ボノボの行動原則は「殺すなかれ」

 ランガム氏もまた、長年の間、チンパンジーとボノボの行動の大きな違いに興味を抱いてきたという。

「妥当と思われる理由としては、ボノボのオスの間で行われる攻撃行動は、チンパンジーのそれよりもはるかに危険度が低いため、抑える理由があまりないことが挙げられます」

 ムジノー氏も同意する。「ボノボが殺し合いをしたという報告は聞いたことがありませんが、チンパンジーにはたくさんあります。チンパンジーのオスは連合を組むため、別のオスに攻撃を仕掛けるオスは、敵と結託したオスたちから報復を受けることがあり、非常に危険な目にあう可能性があります」

「つまり、チンパンジーの場合、攻撃にどれだけの代償を払うことになるかは予測しにくく、高くつくことも少なくないでしょう。ボノボが比較的、日常生活で攻撃行動に出やすい背景には、そうした理由があるのかもしれません」

 ボノボはまた、すむ場所の防衛でもチンパンジーとまったく異なるアプローチをとると語るのは、論文の共著者であるマーティン・サーベック氏だ。ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるサーベック氏は、20年にわたって野生のボノボの研究を続けている。

「ボノボの生息範囲はチンパンジーよりもはるかに広いため、チンパンジーのようになわばりとしては守れないのかもしれません。チンパンジーのオスの連合体は、ほかのグループの個体を殺すことをためらいませんが、ボノボの場合、別のグループの個体と遭遇すると、一緒に穏やかに過ごすだけでなく、グルーミング(毛づくろい)をしたり、食べものを分け合ったりすることもあります」

もうひとつの研究、攻撃の裏に母親の助け

 それにしても、ボノボのオスはなぜそれほど気が短いのだろうか。研究は、そうした性質があるとメスに近づきやすいのだろうと示唆している。少なくとも今回の研究からは、より攻撃的なオスの方が、攻撃的でないオスよりもはるかに多くの子どもを残していることがわかる。

 これはやや意外な事実ではある。なぜなら、チンパンジーのオスとは異なり、ボノボのオスはメスに敵対的な態度をとると、さまざまなトラブルに巻き込まれるからだ。

「メスのボノボはオスに対してかなり頻繁に攻撃的な行動をとりますし、非常に凶暴な態度に出ることもあります」と、米ミネソタ大学の霊長類学者で、ゴンベ・ストリーム国立公園で数十年研究を続けているマイケル・ウィルソン氏は言う。ボノボのメスは互いに結託してオスを支配し、自分でパートナーを選ぶ傾向にある。

 一方、「メスのチンパンジーはオスに対して非常に従順で、彼らをひどく恐れています」。チンパンジーのオスは、メスを抑えつけて無理やり交尾をすることもあるのだという。

 ムジノー氏は、メスのボノボは攻撃性そのものに魅力を感じているわけではなく、メス側の交尾の準備が整ったときに、力を使って競争相手を追い払うことができる上位のオスに惹かれるのではないかと考えている。

 実際のところ、オスが成功を収めるうえで、メスがより積極的な役割を果たしている可能性もあると語るのは、野生のボノボを長年研究している京都大学野生動物研究センター特任教授で霊長類学者の古市剛史氏だ。

「順位の高い母親をもつオスのボノボは、母親からのサポートを受けてほかのオスによく攻撃を仕掛けます。母親としては、この行動は自分の孫の数を増やすことにつながります」と古市氏は言う。

「われわれの最近の研究では、攻撃的なやり取りの大半は、高順位の母親をもつオスたちの間で起こっていることがわかっています」。古市氏の学生だった柴田翔平氏が筆頭著者となったこの論文は2023年9月10日に査読前論文を投稿するサーバー「bioRxiv」で公開されている。