春夏合わせて13回の甲子園出場を誇る名門、長崎日大。春の選抜にはおととしと去年2年連続で出場しましたが、夏は毎年のように優勝候補に挙げられながらも2010年を最後に遠ざかっています。

今年のチームを牽引する3年生の投手陣は右の3枚看板です。【・西尾海純選手・三丸悠成選手・渡辺登選手】「自分が無失点で、自分も無失点で、自分も無失点で甲子園いくぞ!」

●背番号1 西尾海純(にしお・みいと)投手

1年生の夏からベンチ入りし、去年の選抜では、甲子園のマウンドも経験。背番号10で挑んだ去年夏の長崎大会では、準決勝の海星戦にリリーフで登板しましたが、悪い流れを断ち切れず準決勝で姿を消しました。
「3年生と野球が出来なくなることを考えて、なんで自分が抑えられなかったんだろう本当に悔しく思って泣き崩れてしまった」

新チームで託されたエースナンバー。去年秋の県大会準決勝の大崎戦では、威力のある真っ直ぐと切れ味抜群のカットボールを武器に相手打線を翻弄。8連続三振を含むトータル17個の三振を奪う完封劇を見せました。翌日、海星との決勝戦もマウンドへ。夏の雪辱を果たす完封勝利で、一つ目の栄冠を手にしました。
「無失点で抑えれば負けはない。絶対無失点でいこうと思って」

センバツが懸かる九州大会では初戦で敗れましたが、冬を越え、春・NHK杯ともに優勝。県内3冠を果たし、残すは夏の栄冠のみです。
「1年生の頃から出させてもらったのに、もう最後の夏が来るんだな。少し悲しい気持ちもあるんですけど、やっぱりラストの甲子園つかみたい」

●どうしても甲子園で対戦したい相手

そんな西尾選手には、甲子園でどうしても対戦したい相手が…。広島の名門・広陵のエース、高尾響(たかお・ひびき)投手。中学時代のクラブのチームメイトで、高尾投手は甲子園のマウンドで何度も活躍を見せています。
「(高尾選手は)甲子園を何回も経験している自分も行きたいなと思ってたけど、なかなか行けなくて」

共に18歳以下の高校日本代表候補に選ばれますが、西尾選手は春の県大会のために不参加。長崎を代表するエースとして、中学時代のライバルと夢の舞台で投げ合う青写真を描いています。
「一緒に甲子園行けたらな。そして戦えたらなとずっと思ってます。そのためには自分たちがまず県で優勝しなくちゃいけない。思い切って戦いたい」

●『母を甲子園へ』

西尾選手と共にチームを率いるのは、加藤太陽(かとう・あさひ)主将。帽子のつばに書かれているのは…『母を甲子園へ』。母・真紀さんは介護福祉士として働きながら、太陽さんと2つ下の妹・月雫(きらり)さんを育ててきました。しかし太陽さんが高校に入学した頃、脳腫瘍と乳がんが発覚。そして1年後…。

2023年4月11日、母・加藤真紀さん45歳逝去。早すぎる別れでした。
「何かあったらずっと母に頼ってきた。ずっと寄り添ってくれていた。自分にとって良いお母さん」

亡くなる3週間前、春の選抜に出場した息子の晴れ舞台を一目見ようと、車椅子で甲子園へ駆けつけました。
【祖母・松添洋美さん】「船からホテルから全部(真紀さんが)自分で手配して、私たちは連れて行くだけ」
太陽選手がホームベースを踏む姿を誰よりも喜んでいました。
【祖父・松添節生さん】「スタンドで立ち上がって。どこからこの気力があるのかな」

【加藤太陽選手】「あのセンバツ甲子園に見に来てくれてお母さんも悔しい。もっと自分の試合を見に来たかっただろうし、でも最後の力を振り絞って甲子園に来てくれて」

真紀さんが病気になってから、親代わりとして見守ってくれた祖父母。母と同じように、練習試合から欠かさず応援に来てくれました。祖母の松添洋美さんは、娘の遺骨を握りしめて…。

祖父母と一緒に暮らすようになって約2年。食べ盛りな18歳は洋美さんの栄養たっぷりの手料理で、パワーをつけてきました。
「(太陽選手)こんないつもは(おかずが)多くないですけど…きょうだけです。いつもカレーやったらカレーだけ。(祖母)撮影用に。黙っとってよ〜」

去年4番として届かなかった夏の大舞台。今年はキャプテンとして、亡き母への思いを胸に夏の頂を目指して…。
「お母さんを甲子園に連れて行く目標があるので、今は自分もこうやって頑張れてる。チームのためにもお母さんのためにも頑張りたい。最後金メダル持ってお母さんに取ったよっていい報告できたら」