14日に行われた皐月賞で誕生した1分57秒1というコースレコード。ラブリーデイが記録していた1分57秒8を大幅に更新したジャスティンミラノに多くの人が酔いしれた。だが、その裏には1000m通過57秒5というハイペースを作り出したメイショウタバルの存在も忘れてはならない。

 稀代の逃げ馬がいるからこそ生まれるレコードという副産物。そんなレコードペースをGIで2つも作り出した馬をご存知だろうか。マイルから中距離を主戦場に、大舞台で逃げて、逃げて、逃げまくったシルポートである。

 今となっては意外だが、シルポートはデビュー当初、前に馬を置く競馬を続けていた。しかし、4歳初戦のむらさき賞で逃げて2着に好走したことでスタイルを確立。このレースからラストランとなる8歳の宝塚記念までの全41戦のうち、実に36戦でハナを奪うこととなる。

 GIには9回チャレンジして、一度も馬券に絡めなかった。しかし、稀代の「レコードサポーター」として、その走りは多くのファンの記憶に刻まれている。11年天皇賞(秋)のトーセンジョーダンの1分56秒1、12年安田記念のストロングリターンの1分31秒3。それぞれ1000m通過は56.5秒と56.3秒という超ハイペースを作り出したシルポートの大逃げなくして、この2つのコースレコードは生まれなかったはず。レースを盛り上げるという意味では、大舞台に欠かせない存在だったのだ。

 そんなシルポートが主役となったのが、11年と12年のマイラーズCだった。11年は同年の京都金杯の覇者として参戦。3冠牝馬のアパパネ、前年覇者のリーチザクラウンなど、実力馬が顔を揃えたことで7番人気に甘んじたが、レースでは最初から最後まで先頭を譲らなかった。17番枠から迷うことなくハナへ。前半800mが46秒6のマイペースに持ち込むと、4角でも2番手以下に3〜4馬身のリード。最後まで脚色は衰えることなく、接戦の2着争いを尻目に、悠々と先頭でゴールを駆け抜けた。

 その後は好走こそするものの、タイトルには手が届かず。しかしちょうど1年後、思い出のマイラーズCで輝きを取り戻すこととなる。前年までの阪神から、京都に移動した一戦。6戦ぶりのコンビとなった前年優勝時のパートナー・小牧太騎手を背に、息ぴったりの逃げを打った。舞台は替わったものの、まるで前年のVTRを見ているかのようなレースぶり。最内から追い上げてきたダノンシャークを1馬身凌ぎ、堂々と連覇を果たしたのだ。

 これが最後の勝利となったシルポートは、14年からレックススタッドでスタッドイン。少ない産駒の中から、平地重賞の日本最多勝記録を樹立した「金沢の女傑」ハクサンアマゾネスを送り出し、存在感を発揮している。いつの日か、父のように大逃げを武器とする「シルポート二世」が出現することを期待したい。そして今年のマイラーズCも逃げ馬に注目して見ようと思う。