2月に熊本県菊陽町で開かれた半導体受託製造(ファウンドリー)最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場開所式での主役は、同社創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏だった。張氏は日本の半導体業界への期待を述べるとともに、生成人工知能(AI)の世界的なブームにおける半導体産業の見通しについても語り、業界の羅針盤としての存在感をあらためて示した。(編集委員・小川淳)

「社内のAI担当者が必要な生産能力を話してきて、本当に驚いた。ウエハー何万枚ではなく、ファブ(工場)が3、4カ所あるいは10カ所必要と言っていた」―。張氏は熊本工場開所式でのスピーチでこう語り、AI用半導体の需要増でTSMCに生産依頼が相次いでいる現状を説明した。

ただ「(必要なファブの数を)完全に信じているわけではない」とし、実際の需要は「1万枚のウエハーと多くのファブの中間くらいが正解なのかもしれない」と独特の言い回しで見解を述べた。

TSMCはファウンドリーの市場シェアで約6割を誇り、回路線幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)という世界最先端の半導体製造技術を持つ。2025年には2ナノメートル品の量産開始を計画し、さらに1・4ナノメートル品の量産技術の開発にも着手するなど、質、量ともに他社を圧倒する。

一方でTSMCは台湾内で複数の新工場の建設を計画するものの、電力や水、土地の不足、さらには優秀な人材の確保などに課題を抱えているとされる。同社は現在、日米独に複数のファウンドリー拠点の建設を進める。いずれもコロナ禍で陥った半導体不足による自動車の生産停止などを繰り返すことを避け、さらには経済安全保障も視野に入れてサプライチェーン(供給網)を強化したいという各国の思惑に基づく。

AI関連の大幅な需要増などにより、これから「何百万枚ものウエハー製造の能力が必要になる」(張氏)とされるTSMCにとっても、生産拠点を各国に建設すれば顧客企業に近い場所で事業を展開でき、巨額の補助金で建設コストも下げられるメリットがある。「最先端の技術は台湾に残るため、優位性は維持される」(東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授)という計算も働く。

一方で張氏は開所式で、ソニー創業者の盛田昭夫氏との思い出に触れて日本とのつながりを強調した上で、熊本工場が「半導体製造の日本におけるルネサンス(再興)の始まりと信じる」とエールを送った。この言葉は、TSMCが熊本に建設を決めた第2工場と合わせて総額約1兆2000億円もの支援を行うことに加え、着工からわずか2年足らずで熊本工場を完成させた官民挙げた日本の本気度を評価したためではないだろうか。米アリゾナ州での工場建設は労働者不足や手続きの遅れなどで稼働時期を1年繰り下げて25年とするなど、日本との差異が際立つ。

TSMCは第3工場も日本で計画しているとされる。日本が今まで以上の本気度を見せていけば、TSMC側との連携が強化され、半導体産業の再興にも近づいていくはずだ。


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