内部障害・内部疾患とは、外見からは分からない内臓の障害や疾患のことだ。その中のひとつに、故・安倍晋三首相も苦しんでいた「潰瘍性大腸炎」がある。潰瘍性大腸炎は寛解と再発を繰り返すが、原因ははっきり分かっていない。安倍氏もそうだったように、仕事に支障をきたす人もいる。
 潰瘍性大腸炎は、指定難病のひとつで、大腸及び小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍をひきおこす原因不明の疾患のことだ。この病気にかかると、下痢や血便が止まらず、腹痛に悩まされ、時には微熱を出し入退院を繰り返す。重症化すると大腸を摘出することになる。

 厚生労働省の調べでは、患者数は平成25年度末の医療受給者証および登録者証交付件数の合計で16万6060人、人口10万人あたり100人程度に発症する。そんな潰瘍性大腸炎に長年苦しんできた、佐藤加根子さん(61歳・@FP73354110)に話を聞いた。

 佐藤さんは、32歳の自閉症の息子をシングルマザーとして育てながら、「一般社団法人障害のある子のライフプランサポート協会」の代表として、障害がある子やその家族のために、ライフプランと資産管理をサポートする事業をしている。

◆高校2年生で生死の境をさまよう

 愛知県名古屋市に産まれ育った佐藤さん。「小中学生の頃は成績優秀で、東大も狙えると言われながらも、高校に入ってからは洋楽ロックにはまり、バンドの追っかけをするような女の子でした」と語る。異変がおとずれたのは、青春真っ盛りの高校2年生のときだった。

「下痢が酷くトイレから出られなくなりました。粘液のような便が出るようになり、大腸の潰瘍から出血するので貧血を起こし、立ち上がれなくなりました」

 血の混ざった便が止まらず腹痛も酷かった佐藤さんを心配した両親は、日赤病院を受診させた。潰瘍性大腸炎と診断され、即入院が決まり、2週間ほど生死の境をさまよった。万が一、重症になると、大腸を摘出し、人工肛門で過ごすこともあるという。

「治療のためにステロイドホルモンをずっと飲んでいたんですが、副作用で顔がパンパンに腫れます。ムーンフェイスというのですが、身体はガリガリなのに顔だけまん丸になって、当時は若かったので、自分の容姿が嫌いで写真も撮りたくなかったです」

◆闘病でスッポリ抜け落ちた記憶

 思春期だった佐藤さんにとり、つらい闘病生活だった。

「1か月〜2か月ほど入院生活を送りました。1か月くらいは丸々、何も食べられなかったです。点滴で栄養を取るのですが、腕の血管がもろくなってしまい、腕から針を入れられなくなりました。手が腫れあがり、最終的には、足から点滴の針を入れるようになりました」

 寝たきり生活ですっかり筋力が落ち、トイレに行こうとすると立てなくなっていた。当時の佐藤さんの身長は158センチ、体重は40キロまで落ちた。経管栄養を取ると、見えるところに大きな傷ができてしまうので、それを避けて闘病を続けた。水さえ飲めない過酷な治療で、高校時代の記憶はスッポリ抜け落ちてしまっているという。

「このままだと留年だと言われたので、病院から学校に通学していました。進学校に通っていたため、大学は推薦で、もともと興味があった心理学部へと進学しました」

◆「障害者手帳を取ったら人生負けと思っていた」

 佐藤さんの症状はいったん寛解するものの、定期的に再発を繰り返す。このまま治らなければ、最悪、人工肛門にということもあり得る。そんななかでも大学で軽音部に入り、1年生の時にバンドマンの恋人ができた。

「環境が変わり、好きな音楽に打ち込めるようになりました。だけど、大学時代にも、2回入院しています。お酒や辛いものを控えて、体調をコントロールするんですけど」

 入院は1回に付き2週間ほどだ。再発の原因は不明だ。今はいい薬が出てきているものの、特効薬はない。佐藤さんは大学を卒業するのに5年かかっている。佐藤さんの病状であれば身体障害者手帳を取れたのではないか。

「病院のケースワーカーから障害者手帳と障害年金を受給することを勧められました。だけど、その時は障害者手帳を取ったら、人生負けだと思っていたので、取りませんでした」

◆転機となったイギリスへの留学

 英国ロックが好きだったこともあり、卒業旅行で、単身イギリスに旅をした。それが転機となり、病状はかなりよくなった。

「イギリスでは目的も特になく、音楽を通じて知り合った友だちの家を渡り歩きました。語学留学に行って、初めて自分の居場所が見つかりました。イギリスでは当時まだ日本人は珍しかったこともあり、私はかわいがってもらえました。この経験があったから、後に、自分の子に障害があると分かった時に受け入れられました」

 何があっても前向きに生きていける自信がついた佐藤さんは、シングルマザーで障害のある息子を抱えながらも仕事を続け、2020年に今の法人を立ち上げた。士業や福祉支援者のネットワークを作り、障害者ある子の「親亡きあと」も安心できる準備について、セミナーや個別相談を通して情報提供している。

◆特に営業マンにとってはつらい病気

 佐藤さんは社会に出た後に、結婚・離婚を経験し、現在は障害がある子を抱えたシングルマザーだ。離婚後、生命保険会社の営業職に就くが、その時に潰瘍性大腸炎を抱えながら働くことの大変さを感じた。

「生命保険の営業って、1年目は何とかなるんですが、2〜3年目は大変になるんです。契約を取らなきゃならないというプレッシャーから辞める人も多いです。私はストレスから、辞めたいと思った時に再発しています。潰瘍性大腸炎の下痢は、普通の下痢とは違います。粘液性の下痢をしますし、血も出ます。商談中にトイレにこもってしまったら、仕事になりませんよね。だから、特に営業職の人は、苦労すると思います」

 潰瘍性大腸炎の原因ははっきり分かっていないが、再発のきっかけにストレスも関わっているという。そして、患者数は特に働き盛りの40代男性に増えている。

◆子の障害と障害者手帳や年金

 何があっても前向きに生きていける自信がついた佐藤さんは、シングルマザーで障害のある32歳の息子を抱えながらも仕事を続け、今の法人を立ち上げることになった。

「今は32歳になった自閉症のある息子と暮らしています。自閉症とは脳の機能障害で、一見、障害と分からない人も多いです。そのため、小さい頃は『親の育て方が悪い』『愛情が足りない』と言われ、ツラい思いをしたこともありますが、障害者手帳の恩恵を受けて、福祉サービスを利用しています。

『障害者手帳を持ったら人生負け』と思っていた私も、今はそうは思いません。私は取らないという選択肢を選び、それがいい方向に進みました。障害者手帳を持ったり、障害年金を受給したりすると、そんな自分に引け目を感じる人も多いです。だけど、息子の育児を通じて、福祉のサポートを受けられることも知りました。障害もさまざまです。型にはめないことが一番、大切だと思います」

 潰瘍性大腸炎と同じように、実は障害があるけれど、外見からは分からない内部疾患をもつ人はたくさんいる。人知れず悩んでいる人は多いが、その人生は不幸なだけとも限らない。

<取材・文/田口ゆう>



【田口ゆう】
ライター。webサイト「あいである広場」の編集長でもあり、社会的マイノリティ(障がい者、ひきこもり、性的マイノリティ、少数民族など)とその支援者や家族たちの生の声を取材し、お役立ち情報を発信している。著書に『認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実』(原作、吉田美紀子・漫画、バンブーコミックス エッセイセレクション)がある。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1