<悼む>

芸能事務所ワタナベエンターテインメントは14日、俳優久我美子(くが・よしこ)さん(本名・小野田美子)が誤嚥(ごえん)性肺炎により、9日に死去したことを発表した。93歳。通夜、告別式はすでに執り行われた。

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久我美子さんを初めて取材したのは20年ぶりの映画出演となった「ゴジラVSビオランテ」(89年)だ。シリーズ常連だった亡夫・平田昭彦さんの意志を継いだ官房長官役。森山真弓さんが史上初の女性官房長官に就任した時期と重なって話題になった。

当時58歳。太眉と八重歯が目立つナチュラルメークは、かつて「銀幕スター」と言われた人たちに抱いていたイメージとはかなり違ったが、鼻にかかった声でざっくばらんに話す姿に不思議な気品があった。

旧侯爵家に生まれながら、学習院女子を辞めて芸能界入りしたのは、実家の経済的困窮を救うためだった。右も左も分からない「お嬢さま」にとって、デビュー2年目に黒澤明監督と出会ったことが大きかったと思う。男優陣はぎりぎりまで追い込むことがあるが、実は女優には優しく、伸び伸びと演じさせる。

後に聞いたのだが、17歳の久我さんに黒澤監督は「君はこの映画のレモンスカッシュになって欲しい」と話しかけたそうだ。

「酔いどれ天使」(48年)の出番は決して多くないが、セーラー服姿の弾けるような笑顔は作品を印象づけるアクセントとなった。 他にも成瀬巳喜男、溝口健二、市川崑…多くの巨匠たちが好んで使ったのは、なりたくてなったわけではない女優が醸し出す唯一無二の気品と、伸びやかな演技だったように思う。【相原斎】