過去20回以上、出雲駅伝にアイビーリーグ選抜の監督として参戦し、ボストンマラソンの優勝歴もあるジャック・フルツ氏。日本の大学とも交流のあるフルツ氏は日本の長距離界、なかでも駅伝とマラソンの関係をどう見るか。(全2回の第2回/「出雲駅伝」編は#1へ)

女子ではタカハシ、ノグチが出ているが…

「日本の優秀な男子ランナーはたしかにマラソンで思いのほか苦戦しているという印象です。2000年以降の女子を見ていくと、タカハシ(高橋尚子)だったり、ノグチ(野口みずき)だったり、私でもすぐ思い浮かぶ五輪でのマラソン金メダリストが出ていますよね。ただ、男子はどうでしょう。そのあたりにエキデンへの比重の置き方とマラソンとの関係があらわれているのかもしれません」

 そう指摘するのは、ジャック・フルツ氏。20年以上にわたってアメリカからアイビーリーグ選抜を率い、出雲駅伝に参戦してきた日本通の監督だ。駅伝にも造詣が深く「エキデン競走には100年以上の歴史があり、今も沿道に多くの人が駆けつける。長距離選手をここまで熱を持って応援してくれるエキデンは素晴らしい文化」と評価している。一方で競技の側面から見た駅伝とマラソンとの関係については、こう語る。

「東京オリンピック前に日本に視察に来た時に、日本の陸上関係者とこんな話になりました。日本の優秀な大学卒の男子ランナーはハーフマラソン向きになっているランナーが多いよね、と。なぜなら彼らはハコネなどのエキデンの主要区間である20km前後に注力するケースが多い。エキデン・ディスタンスとマラソンは同じ長距離でも別の練習が必要になる。卒業後にマラソンに挑戦するとなった時にそのシフトがなかなか上手くいかない可能性はあるのではないかと思っています」

大学を卒業しても駅伝重視

 フルツ監督が考える構造的な理由はこうだ。

「これは僕の限られた視点からの意見だということを前提に聞いてほしいのですが、大学を卒業しても、優秀なランナーの多くは実業団などでエキデンに取り組むこととなる。これには、大きく注目を集め、お金も集まり、金銭的なインセンティブ(報酬)もある『エキデン』を目標に走らざるをえないという事情もあると思うんです。そういう競走体系になっているから、ランナーもエキデンを走りたいと思って、そこに向かっていくところはあるんじゃないかなと。
 アメリカだと“Follow the money”みたいな言い方をするのですが、やはり市場経済が成り立っていたり、お金があったりするところに人もモノも集まる。やはり仕事やプロとしてやるとなると、そういう側面も当然無視できない。それが悪いとかではなく、それぞれの国の形があるものだと思います。例えば、“マラソン中心”型の国もあれば、“トラック中心”型の国もある。それが日本の場合、エキデンが中心となって選手を成長させて発展してきたのかなとは思っています」

フルツ監督が驚いた青学大の姿勢

 フルツ監督がエキデンを肯定的に捉えるのはその経験も大きい。2000年代半ばには山梨学院大学の上田誠仁監督と共同練習を山梨で行い、整った環境に目を見張った。そして2017年、青山学院大とも交流合宿を行った。

「学生に翻訳機が渡されて、国際会議さながらの設備でびっくりしました。もちろん環境も良かったけど、一番驚いたのは、彼らの学ぶ姿勢でしょうか。『これはアメリカではどうですか?』などと熱心に聞いてくる。彼らはハコネの3連覇とトリプルクラウン(大学駅伝三冠)をやってのけていて、私から何も学ぶ必要なんてないはず(笑)。でも、学び取ろうと質問をする姿に意識の高さを感じました」

フルツ監督が言及した“あるトレーニング”

 現役時代は1976年のボストンマラソンを優勝し、五輪代表の選考レースにも3度出場資格を得たフルツ監督。彼から見て、駅伝に大きな注目が集まる大学の長距離界について改善すべき点など感じたことはあるのだろうか? 本人に問うと、「そんなにないと思うな」と微笑みながら、“あるトレーニング”について口にした。

「強いて言えば……高地トレーニングかなあ。もちろん大学ごとにやっているとは思いますが、あなたが関心を持つマラソンを念頭に置くと、持久力向上につながる『高地トレーニング』にもっと意識を持って取り組んだら、最終的なマラソンのレベルも上がるのかなと思ったりはしますね。若いアスリートにとって、高地トレーニングには間違いなく利点があると思っているので」

オンタケに行け

 多くの大学では長野県の菅平などで合宿を張っているが、フルツ監督が感嘆したのは青山学院大など一部のチームが利用している岐阜県御嶽の環境だったという。

「アメリカの五輪組織委員会にいる知り合いの高地トレーニングの専門家が、私に『オンタケに行け』と言うんです。その頃は五輪開催が決まった直後で、コロナ禍の随分前のこと。とりあえず行ってみようと、岐阜県のオンタケに視察に行ったんだけど、アメリカにあるようなクロスカントリーのコースもあって、トレーニング施設も整っていてとてもいい環境に映りました。アメリカで言えば、コロラド州のボルダーやアリゾナ州のフラッグスタッフみたいなところですよね。それで東京五輪前の事前合宿地をオンタケに決めて、オンタケで直前合宿→東京に移動というプランをアメリカのオリンピック陸上チームでは策定しました。ただ、コロナがあって、それは幻の計画になってしまって、実証的なデータも取れずじまいになってしまった。もちろん各団体それぞれの状況があると想像しますが、高地のトレーニング施設としてあそこを使わない手はないと個人的には思っています」

この前のMGCも本当に楽しんだよ!

 高所トレーニングの良さを推すフルツ監督だが、大所高所の見解を述べただけで、高みの見物というわけではない。

「エキデンという日本のスポーツ、文化がもちろん大好きだし、エキデンで活躍した選手がマラソンフィールドでも活躍しているのを見られるのは嬉しいことだよね。この前のMGCもレースとして本当に楽しんだよ! スグル・オオサコ(大迫傑)は東京五輪でも入賞して、今回は惜しかったよね。五輪の枠はあと1枠と聞くし、次の五輪でも彼の走りを見てみたい」

カワウチはハンバーガーが大好きみたい

 ただ、一方でもうひとりフルツ監督が推す存在がいる。それは川内優輝だ。フルツ監督はこう期待を込める。

「4位に入ったカワウチもすごいよね。大雨のレースで思い出したのは、彼が76回目の2時間20分切り(通称:サブ20)を記録したボストンのニューイヤーマラソン(2018年1月1日)。そのレースもハード……というか、マイナス17度というとてつもなくクレイジーな悪条件だったんだけど、彼は想像を上回るこれまたクレイジーなペースでゴールしてみせた。その年の4月のボストンマラソンの前にビル・ロジャース(ボストンマラソン3連覇、川内優輝をボストンマラソンに招待)と一緒にハンバーガーでも食べようよってディナーに誘ったんだ。彼はハンバーガーが大好きみたいで、ビールも少し飲んでいた。あんな走りを見せる彼と同じテーブルをともにできて、光栄だったよ。MGCでもあんなに逃げて、それでギリギリまで粘って……と、やっぱり観る者をワクワクさせる走りをしてくれたよね」

 フルツ監督は最後にこう締めくくった。

「オオサコやカワウチのように、ワクワクする日本のランナーをエキデンのフィールドでもマラソンでも見られることをこれからも本当に楽しみにしているんだ。こんな話をしていたら、今から来年のイズモが楽しみになってきたよ」

<「出雲駅伝」編とあわせてお読みください>

文=齋藤裕(NumberWeb編集部)

photograph by Yuki Suenaga