5年前の夏、甲子園で準優勝を果たした金足農業。近年は低迷が続き、昨夏は上級生の下級生に対する暴力が明らかに。3カ月の対外試合禁止処分も下された。そんな金農が今秋、23年ぶりに秋田県大会を制覇。カナノウ旋風から現在まで、何があったのか――。ノンフィクション作家・中村計氏が取材した。〈全4回の#3〉

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 地元で吉田大輝は、小・中学時代から注目を集めていた逸材だった。

 金足農業エリアの人たちの金農に対する思い入れはひとかたならぬものがある。そのため一家全員が金農出身というケースも珍しくない。父・正樹が金農、兄も金農となれば、大輝が金農に行くのはもはや宿命だった。

「お兄ちゃんが大好き」吉田大輝の実力

 高橋佑輔(2018年甲子園準優勝メンバー)は大輝のことをこう評する。

「性格は兄貴(輝星)にそっくり。勝気で、生意気。兄貴ほど感情の起伏は激しくないですけど、人の言うこと聞かないですもん。打撃フォームもそっくり。使ってるバットまで同じです」

 父親の正樹いわく大輝は小さい頃から「お兄ちゃんが大好き」で、ことあるたびに兄の動画を観返していたのだという。

 兄の輝星は早生まれだったせいもあり、金農入学時、身長は170センチに届いていなかった。一方、大輝は入学したとき177センチもあった。球速も中学時代、輝星は120キロ台どまりだったが、大輝はすでに130キロ台をマーク。それだけに関係者の期待は大きかった。

 とかく後輩に手厳しい高橋も大輝の投手としての実力は認めざるを得ないようだ。

「1年生の時点で比べると、投球フォームは兄貴より粗い。それでも同じくらい威力のあるボールを投げている。あと、コントロールがいいんですよ。変化球でストライクが取れる。伸びしろしかないっすよ」

今秋、なぜ秋田県大会を優勝できたか?

 この秋、大輝は1年生ながらも、兄と同じ背番号「1」を託された。

「プレッシャーとかもありますけど、もらったときは、自分が絶対にチームを勝たせるんだという気持ちになりました」

 金農はその大輝と、2年生投手・花田晴空の2人でマウンドを守り続けた。起用パターンは2つだ。花田が先発したら、大輝は救援に回る。大輝が先発したら、大輝が最後まで行く。

 監督の中泉一豊は秋田大会5試合の戦いをこう振り返った。

「いやぁ、厳しかったすね。2点以上リードする展開がなくて。追う形ばっかり。先制したのは初戦と決勝だけだったんです。初戦は途中で追いつかれていますしね。タイブレークにもつれ込んだ試合も2回もありましたから」

 少ない点数を守り抜くというスタイルは2018年夏も同様だった。特に甲子園の3回戦から準決勝までの3試合は横浜、近江、日大三という強豪校に対し、いずれも1点差で逃げ切っている。

 金農OBで、母校の監督を務めたこともある三浦健吾は、この秋の金農の快進撃をこう分析した。

「大輝の成長でしょうね。彼が投げれば、まあ、点数を取られることはほとんどないですから。秋田のチームの打線が弱いっていうのも、あるとは思うんですけど。あとは兄貴のDNAかな。持ってるんですよ。完全に負け試合なのに相手にエラーが出て同点に追いついたり。あいつが投げてっと、不思議なことに勝ちが転がり込んでくる」

「勝ち進めば甲子園」東北大会で…

 東北大会の初戦、久慈戦も、いかにも金農らしい戦いになった。2点を先制され、8回にようやく追いつき、そこからタイブレークに持ち込んで3−2で辛くも勝利する。

 4回からロングリリーフした吉田大樹は安定した投球を披露し、この秋、3度目となったタイブレークでも三たび、無失点で切り抜けた。

 マウンド上でのふてぶてしいまでに落ち着いた態度や、時折、球場に響き渡る雄たけびは兄・輝星を彷彿とさせた。大輝が言う。

「今はまだ(兄に)負けていると思うんですけど、ストレートの質とか、気迫は負けたくないです」

 キャプテンを務める「4番・センター」の高橋佳佑も、この秋、大輝の潜在能力を再認識させられたという。

「練習試合と公式戦では、1球目から気持ちの入り方がぜんぜん違いましたね。本当に気持ちの入った球は打たれる気がしなかった。あいつは人から見られるのが好きなほうなので、本番に強いし、向いてるんだと思います」

 来春の選抜大会から、東北の出場枠は2から3に増えた。したがって、東北大会であと1勝してベスト4入りを果たせば、甲子園が見えてくるはずだった。

〈つづく〉

文=中村計

photograph by Kei Nakamura