「野球を通じて元気に楽しく日々を過ごしてもらえたら嬉しいです。

 このグローブを使っていた子供達と将来一緒に野球ができることを楽しみにしています! 野球しようぜ!」

 大谷翔平選手が全国の小学校にグローブを3つずつ寄贈するというニュースに日本中が沸いた。 

 突然の知らせに戸惑いもあったのだろうか。

「3つだけもらっても」「盗まれたり、ボロボロになったら困るから飾る」というような「大人側の」意見もちらほらと目にした。

 メッセージを受けた子供たちはどう思っているのだろう。そう思い、大谷の地元、岩手県奥州市で野球をする小学生男子たちに「大谷グローブ」について尋ねたところ、「うーん。なんか(ニュースで)聞いたけれど……」「使ってみたいけど……」とこちらが期待するような返事は返ってこない。実物が届いてお披露目されたら一気に盛り上がると思うが、ニュースだけではピンときていない子どもも多かった。

「大谷グローブ」を使ってみたい

 一方でグローブの到着を今か今かと待ち侘びている子もいる。

 大谷の母校、花巻東高校から車で10分ほどの場所に住む小学3年生の野球少女かのちゃんは、小さな野望を教えてくれた。

 かのちゃんは地元の野球チームに加入している。女子はチームに一人だが、2歳年上の兄も所属しており、コーチやチームメイトも男女の差なく接してくれる。

 イキイキと楽しそうに練習しているように見えたが、かのちゃんは時々寂しくなる。

 その胸の内を明かしてくれた。

「(女の子の)友達に野球しようって誘っても、やらないって言うの」

 なかなかシビアな悩みだ。

「かのちゃんは野球が好きなの?」

 そう尋ねると、まっすぐ前を見てこう答えた。

「うん。大好き」

「そっか。好きな選手は?」

「大谷選手!」

 その流れで大谷のグローブについて尋ねると、真っ直ぐこちらを見つめた。

「使ってみたい。そのグローブでキャッチボールしようって、お友達を誘いたいの」

 友達がチームに入ってくれるかは分からない。でも大好きな大谷選手のグローブを使って、大好きな野球を仲良しの友達としてみたい。自分が好きなことを友達と共有したい。そう考えている。

 かのちゃんに限らず、大谷グローブを使ってキャッチボールしてみたい、友達を誘いたいと考える小学生は全国各地にいるはずだ。 

 未来に野球を繋ぐ。

 大谷の思いはしっかりと子どもたちに伝わっている。

大谷の地元の野球をつなぐ取り組み

 12月中旬、大谷の生まれ故郷、岩手県奥州市の体育館には賑やかな声が響き渡っていた。

 岩手県高野連北奥支部が開催した「高校生と小学生の交流会、プレイボールフェスタ」には、250人の小学生が参加し、高校球児たちと野球を楽しんでいた。

 近隣7つの高校の野球部員95人がそれぞれのブースで守備、攻撃などを指導したが、「野球の道具がない子たちにも楽しんでもらうため」に各チームはミーティングを重ね、ガムテープを丸めたボールでの打撃練習、ティーバッティングのストラックアウトやテニスボールをラケットで打つ守備ノックなど、小学生が楽しめる工夫をしていた。

 高校生たちが丁寧に守備練習を教えたり、威勢よく声がけをすると、小学生たちは大きな笑顔で呼応する。

 守備を担当した水沢商業高校の千葉琉生くんは「小学校から高校までで習う守備の基本的な足運びとハンドリングとリリースを担当しました。小学生でも分かるように優しく説明しようとチームで話し合いました」と、バットの代わりに手で打つハンドベースボールをした水沢工業高校のキャプテン、佐藤琉羽彩くんは「楽しくプレーしてもらえるように声がけなどを意識しました。特に相手が小学生なので、傷つけないように丁寧に話すよう心がけました」と教えてくれた。

 小学生たちは「うまい人とキャッチボールして楽しかった」「高校生が優しかった」と高揚気味に話した。

 2つの体育館をつなぐ廊下には、郷土の英雄、大谷のユニフォームやサインボールや、中学生の頃に同施設で職業体験をした大谷の写真も飾られている。

 次の大谷がまたここから出てくるかもしれない。そんなことを考えながら、2つの体育館を行き来した。

 イベント終了後、高校生が向かい合って整列してアーチを作り、小学生たちがその下をくぐりながら退場したが、その際の声がけも心に残った。

「また野球しようぜ」

「野球続けてね」

 高校生たちからのメッセージに小学生たちははにかんだり、モジモジしたり。でもお兄さんたちの熱い気持ちは十分に伝わっていたはずだ。

 千葉くんと佐藤くんは「僕たちも子供の頃に野球の楽しさを教えてもらったので、それを次の世代に伝えていきたい。野球人口が減っているので、なんとかして増やしたいし、(小学生に野球を)続けてもらうためにはどうしたらいいかを考えながらイベントに臨みました」と口を揃える。

 夏の高校野球県大会では3校、4校の合同チームで臨む学校も増えている。今回、イベントに参加した高校も合同チームで出場した経験を持つ。

「野球続けてね」という言葉には、彼らの切実な思いが込められている。

肘検診やストレッチ指導も実施

 岩手県高野連北奥支部は2018年からこのようなイベントを行なっているが、高校生と小学生の交流に加えて、専門家と連携して地元の整形外科の医師による肘検診や柔道整復師のストレッチ指導なども提供している。 

 検診にあたる大歳憲一医師、高橋幸洋医師は痛みの有無を確認しながら、子ども、父兄、指導者とモニターを見ながら肘に問題がないか検診を進める。

 肘に機械を当てられ、子供たちは一気に緊張した表情になったが、病院の診察室ではなく、広い場所で周囲にチームメイトたちもいるせいか、徐々にリラックスした表情になった。

 大歳憲一医師は2007年から福島県で、2017年から出身地の奥州市で学童野球の肘検診に携わっている。

「小学生の野球肘には内側の障害と外側の障害の2つがある。外側の障害は無症状で中学、高校になると痛みが出る。発生率は低いが手術をしないと治らないケースが多い」と話す。

 肘の外側の障害は100人に3件程度見つかるが、「以前、盛岡で同じような検診をした際、問題があって泣き出した子がいました。菊池雄星投手もイベントに参加してくれて、泣き出す子がいるとすぐにサイン色紙やサインボールを子供に渡して『頑張れよ』と励ましてくれて助かりました」と振り返る。

 肘に問題が出るのは「負荷の問題ですね。投げすぎ、練習しすぎということが多い」と大歳医師は警鐘を鳴らし、イベント後には父兄や指導者対象の「障害予防講習会」を開催し、肘検診の意義や予防法、日頃のケアなどについての講義も行なった。

 柔道整復師によるストレッチのブースでは柔軟性はもちろん、体のバランスを確認する実践指導がされたが、父兄や指導者も参加し、「あいたたた」とうめき声をあげながら、子どもたちと共に汗を流す場面もあった。

奥州市といえば野球と言ってもらえるように

 岩手県は2012年から県内各地で学童野球肘検診を行っており、父兄や指導者の意識も高まっている。また奥州市だけではなく、県内各地で高校生や大学生、社会人による野球教室やイベントも行われ、「未来に野球を繋ぐ」ための努力が行われている。

 ちなみに奥州市は小学生、中学生、高校生、そして社会人チームが所属する「奥州市野球協議会」を作り、社会人が中学生を、高校生が小学生を指導するなど、「縦のつながり」を大事にした交流を行っている。

 協議会の発起人で水沢工業高校野球部顧問の千葉渉太教諭は「世界を変えてきたものは、いつの時代もたったひとりの強い思いだと思います。将来的に、奥州市といえば野球と言ってもらえる日が来ることが願いです」と話す。

「野球しようぜ」

 大谷のグローブをきっかけに野球を始め、野球関係者の熱意と支援を受けながら白球を追いかける子どもたちが増え、大きな笑顔が広がることを願うばかりだ。 

文=及川彩子

photograph by Ayako Oikawa