敵地の大ブーイングにも動じず、軽々とフリースローを決める富永啓生の姿が印象的だった。

 1月17日、ニュージャージーで行われたラトガース大対ネブラスカ大戦。後半も残り約15分となった頃、フリースローラインに立ったネブラスカ大のエース、富永に盛大な罵声が浴びせられたのだ。

 昨季最後の10試合では平均19.4得点、3P成功率44.9%を挙げた活躍などで、富永の名前はすでにカレッジバスケ界で知れ渡った感がある。加えてこの日の前半、3Pを決めた際、富永は熱狂的なファンが応援するスタンドに向かって「シーッ!(静かにしろ)」と手を口にやるポーズで煽ってみせた。おかげで断然の“ヒール”となった22歳の日本人シューターには、執拗なブーイングが送られたのだ。

大金星に貢献、全米のニュースに

 騒然とした雰囲気の中でも、何事もなかったかのように力を出せるのが富永らしさでもある。2本のフリースローを当然のように沈め、この日も16得点。ネブラスカ大は延長戦の末に敗れたものの、富永の得点力はやはり際立っていた。

「もちろんまだまだやっていかなければいけないところはたくさんあります。ただ、シーズンの序盤に少しケガをした後、体力的な部分を戻しつつ、最近はいつも通りのバスケットができるようになっています。もっともっとアグレッシブにやっていけたらいいかなと思います」

 試合後の本人のそんな言葉通り、カレッジ最後のシーズンでの富永は生き生きと躍動している印象がある。1月20日まで6試合連続で少なくとも13得点以上を挙げ、今季は開幕から19戦中14勝と好調のネブラスカ大を牽引している。

 特に1月9日には、全米ランキング1位だったパデュー大を撃破する大金星を挙げた。その日も5本の3Pを沈め、ゲーム最多の19得点をマークした富永の活躍は全米的なニュースとなった。

 前述した昨季後半の爆発に加え、昨夏、アジア開催のW杯に出場した経験は富永には大きかったに違いない。カーボベルデ戦では6本連続で3Pを決めるなど、自慢のシュート力で日本のパリ五輪出場権獲得に大きく貢献した。その勢いを今季にまで持ち越している印象もあり、昨今のプレーからは伸び盛りの選手特有の自信が感じられる。

「(W杯での経験は)もちろん大きいですね。カレッジバスケットボールの中でもあれだけの舞台を経験してきた選手はなかなかいない。だから自信はありますよ。もちろん自信があるというだけではダメで、結果を出していかなければいけません。1日1日、自分の経験を踏まえつつ、頑張ってやっていきたいです」

「目標はNBA」気になる現時点の評価は…

 このように近況はよくとも、すべてが順風満帆というわけではなく、今の富永にはまだ課題が少なくないのも事実ではある。188cmという身長はSGのポジションでは小柄であり、かといってPGを務めるにはドリブル、パス能力は及第点とはいえまい。サイズ不足に付随するディフェンスの不安もあり、ラトガース大戦では重要な守備のポゼッションで交代を命じられていた。

 富永の最終目標は終始一貫して“NBAに行くこと”。上記した弱点が影響しているのか、米国内の主要媒体が発表する今年度のドラフト予想(Mock Draft)では2巡目指名まで見渡しても”Keisei Tominaga”の名は含まれていない。世界最高レベルのリーグに進むために、まだまだ成長しなければいけないということなのだろう。

 もっとも、ここで心強いのは、カレッジ、W杯で名前を売り、自信をつけた後でも、富永に過信や慢心は感じられないこと。2023-24シーズンの中で自身の課題を少しでも克服していこうと、努めて冷静に自身を顧みている。

「シュート以外のところを1つずつ、レベルアップしていくということが一番大事です。ボールハンドリング、プレーメイキングもそうですし、ディフェンスも、フィジカル(の強化)も。それらを1つ1つレベルアップできたら、また変わってくるんじゃないかなと思っています」

 富永のバスケットボールキャリアにとって、2024年が極めて重要な1年になることは間違いない。まずはネブラスカ大の得点源として自己初のNCAAトーナメント出場を目指し、その後にパリ五輪、そしてNBAへのチャレンジ――。

 サマーリーグなどを含めたNBAへの挑戦プロセスと、日本代表でのプレーを両立させることが日程的に可能なのかは定かではない。それらのスケジュールが整ったとしても、現実的にNBAへの道のりは容易なものではないはずだ。

 ただ、歴史のあるネブラスカ大でも瞬く間にビッグネームになった富永の独特のスター性とバイタリティは周囲に何かを期待させる。メンフィス・グリズリーズのエグゼクティブとして渡邊雄太との2ウェイ契約に尽力した経歴があり、現在はThe Athleticでシニアライターを務めるジョン・ホリンジャー氏が昨年9月、富永についてこう記していたのを思い出す。

「富永はNBAでSGの役割を果たすにはおそらく小柄すぎるのだろう。ただ、彼は正確なシューターで、とにかく積極的。トロイ・ダニエルズのようなキャリアを歩んでいくチャンスがあるのかもしれない」

 ここでホリンジャー氏が比較対象として挙げたダニエルズとは、身長193cmと小柄ながら、Dリーグ(現Gリーグ)から這い上がってNBAに辿り着いたSG。そのダニエルズもまた3P成功率ではキャリア平均39.5%とロングジャンパーを得意とした選手だった。元エグゼクティブのこんな指摘からは、決して無視できない興味深い存在である富永への期待感が伝わってくるようでもある。

楽しみが広がるワンダーボーイの未来

「できる範囲のことはすべてやっていきたいです。もちろん五輪という大きな大会も控えていますが、それ以前に、とにかく1日1日、レベルアップしていくこと。今は本当に1日1日を大事にやっています」

“1つ1つ”、そして“1日1日”――。

 今回の取材中、何度もそれらの言葉を繰り返したサウスポーは、現在が自身にとってどれだけ大切な時間かを十分に理解しているのだろう。その先に見えてくるのが五輪での成功、NBAへの到達というハッピーエンドなのかどうかはわからない。

 1つだけ言えるのは、富永がそれらの目標に向かって最後までベストを尽くし続けるだろうということ。極めて重要な意味を持つ2024年が終わる頃、“類い稀なシュート力”“度胸”“意志の強さ”を備えたワンダーボーイがどんな景色を視界に収めているのか、今から楽しみでもある。

文=杉浦大介

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