「再び野球ができているのは奇跡」。周囲にそう言われるほどの右肩の故障に悩まされてきた福田秀平。2月10日で35歳になるベテランが選んだ新天地は、今季からウエスタン・リーグに新規参入する「くふうハヤテベンチャーズ静岡」だった。インタビュー全2回の後編では、若手選手たちに混ざって始めた新生活について明かしている〈全2回/前編から読む〉。聞き手=田中大貴(フリーアナウンサー)

――ロッテから戦力外通告を受けたあとに参加した12球団合同トライアウトでは、特大二塁打も放ちましたね。さまざまな方面からオファーがあったのではないでしょうか。

福田 ありたがいことにいろんな選択肢はありました。社会人野球のオファーも魅力的でした。

――どこに惹かれたのですか?

福田 社会人野球はNPBのシーズンと違って“波”を作れるじゃないですか。トーナメントで一発勝負という野球もなかなか経験したことがなかったですし、短期決戦に照準を合わせるのは身体のピーキングとしても対応しやすいだろうなとも。アマチュア最高峰の経験もしてみたかったですね。

――ロッテからコーチ打診もあったと聞きました。

福田 そもそもオファーがあると思っていなかったので、編成本部長の熱いお言葉をもらって初めて「指導者」という道があることを実感しました。「ずっと待っている」という言葉もすごくうれしかった。でも、先ほども言った通り、もう1回野球をやりたいという思いが上回ったので、お断りさせていただきました。本当に感謝しかないです。

なぜ“新球団”を選んだのか?

――静岡からはどのタイミングでオファーをもらったんですか?

福田 トライアウト後、NPB12球団のオファー期間を終えてからですね。オファー自体、とても魅力的でうれしかったです。ただ、まだ実態のない球団だったので、周りの方にヒヤリングして、まずはどういうチームなのかを調べるところがスタートでした。

 野手最年長として声を掛けてもらったので、チームを牽引してほしいと言ってもらえたことはプラスでしたし、僕としてもセカンドキャリアを考えた時に、ゼロからチームを作る経験は貴重だなと思ったんです。選手という立場でも、運営の立場でも興味がありました。

――静岡での新生活。聞けば、清水市内の海岸部にある合宿所で若手選手と共同生活を送っていると。“億を稼いだ生活”から、“相部屋生活”ですね。

福田 もう一度、初心というか、若い選手のハングリーな気持ちを間近で感じたかったんです。頑張ろうと本気で思っていますが、この年齢になるとそれは決して簡単なことではない。だから、この環境に身を置くことは、何かプラスになると思ったんです。

―― 一緒に生活している選手は何歳なんですか?

福田 20代前半から中盤ぐらいの選手が多いですね。同部屋は徳島インディゴソックスから加入した増田将馬という選手。25歳なので、年齢は10コぐらい違う。まだ、よそよそしいです(笑)。

――まだ始まったばかりですから。

福田 そうですね。でも、僕が皿洗いしていると、翌朝になって「TVで観ていた選手が(目の前で)皿洗いなんて信じられません」って言うんです。いやいや、これから一緒に頑張っていくんやぞ、って。あと、SNSなどで出回っている映像(よそ見した福田が防球ネットにぶつかる)を観ていたのか、「福田さん激突していましたね」っていじられて……(プレーじゃなくて)そういうのはちゃんと知っているんだなと(笑)。

NPBへの復帰は?「今はここで結果を出したい」

――いい雰囲気ですね。

福田 まだシーズンが始まったばかりですが、コミュニケーションはより重要になっていくと思っています。ここからは未知の体験が続くので、特に若手選手からすれば、プロのピッチャーと対戦すること自体も初めてですから不安や緊張も多いはず。毎試合、スカウトや関係者がいるので、そこで打ったらチャンスが広がる環境なので、うまくサポートもしていきたいですね。

――若手選手だけでなく、福田選手自身も再びNPBへ……という思いはあるのでしょうか。

福田 正直、そこまでこだわってはいないです。野球選手を続ける以上、一番高いレベルを目指すのは当然ですし、(トレード期限の)7月までチャンスがあることは確か。ただ、今はハヤテで結果を出すことが最優先です。また輝けるように一試合一試合、野球ができることに感謝してプレーするだけ。それをしないと、次の可能性は出てこないですから。

――日本一の経験がある選手が、新規参入球団でプレーする。今回の決断は、非常に価値があることだと思います。新たな道を切り開いていくということへの意義をどう感じていますか?

福田 川崎宗則さんを見て育っていますから(笑)。でも、新たな道を切り開くと言えばかっこいいですが、本音で言えば、僕は「勝負に負けた」ので。プロの世界で活躍する“ひと握り”になれなかった現実がある。そこにしっかり向き合わなければいけません。もう一回、という気持ちの方が強いです。

――同学年の柳田悠岐選手を始め、ホークスやロッテのチームメイトからはどんな言葉をもらいましたか?

福田 決起集会のような会で「17年間おつかれさま」という紙が貼ってあって……いや、まだ終わってないぞ!と(笑)。でも、パワーをもらいました。ロッテの同い年の選手たちも来てくれて「今の秀平なら絶対行ける」「待ってるで」と言ってもらえて、すごく励みになりました。

実は大谷&由伸キラーだった?

――今をときめくロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平と山本由伸から複数本のホームランを放った打者は福田選手と柳田選手しかいません。またあの華麗なバッティングを見たいです。“復活”に向けた意気込みを。

福田 まずは「またかよ…」と言われないよう、ケガに気をつけます(苦笑)。活動初日も張り切りすぎて疲労がドッときたので、ジワジワあげていければ。またチームとしても新規参入ということで注目されますが、正直、プロ野球はそんなに甘くない。苦労することも多いと思いますが、それに立ち向かって、トライ&エラーを繰り返しながら強くなっていきたいです。

福田秀平Shuhei Fukuda

1989年2月10日、神奈川県出身。かつて水泳のジュニアオリンピック代表候補になるほどの身体能力の持ち主で、中学から野球に専念。多摩大聖ヶ丘高時代は1年時からレギュラーに定着、3年時にスイッチヒッターに転向して才能が開花。2006年ドラフト会議・高校生選択会議でソフトバンクから1巡目指名を受け、平成生まれのプロ野球選手第1号となった。2010年に一軍デビュー、常に激しいポジション争いに身を置きながら走攻守で存在感を発揮して日本一にも貢献。19年オフにFA権を取得し、ロッテへ移籍。今季から新球団・くふうハヤテベンチャーズ静岡でプレーする。

文=田中大貴

photograph by Ichisei Hiramatsu