日本代表はいよいよアジアカップ決勝トーナメントの舞台に立つ。指揮を執る森保一監督はどのような哲学を持ち、チームを率いているか。W杯の交代策、PK戦という2つの視点から探る。(全2回/W杯ドイツ戦交代策の深層編も)

 挙手制か、指名制か。

 日本サッカーの歴史を点でしかとらえず、線として理解していない者たちによる、やや的外れな議論が巻き起こったのは記憶に新しい。

 カタールW杯の決勝トーナメント1回戦でPK戦の末に敗れたあと、「PKキッカーを『挙手制(立候補制)』で決めたのが良くなかった」と森保一監督を批判する意見が出た。

 だが、これは結果論でしか物事を見ない人たちによる意見だ。

15年アジア杯は「指名制」のPK戦で負けている

 そもそも、2015年1月のアジアカップを思い出してほしい。UAEとのPK戦では当時の指揮官ハビエル・アギーレが『指名制』を採用し、日本は敗れているのだ。

 以下、当時の『Number』誌に寄稿した該当箇所を一部引用する。

 ◇ ◇ ◇

 ハビエル・アギーレ監督が、折りたたんだ左手の指を一本ずつあげながらPK戦のキッカーを指名していく。

「ホンダ! ハセベ! 3人目は……」

 そうつぶやき、監督はコーチに確認をとる。その間、香川真司はアギーレ監督の口元に目を向けている。

「シバサキ! トヨダ……」

 そこまで来て、監督は少し考えこんだ。

 ハセベの名前が呼ばれた後とは比べものにならないほどの、強い視線を香川はアギーレに注いでいく。

「モリシゲ!」

 カガワの名が呼ばれることはなかった。

「絶対にお前ら5人で決めて来い!」

 そんな監督の言葉で、5人のキッカーの気持ちは盛り上がったはずだ。

 しかし……。

 香川はどうにか、GKの川島永嗣の肩を叩き、鼓舞してみせた。もちろん、5人目までのキッカーに選ばれなかった悔しさはすぐには消えない。ユニフォームのすそをまくりあげ、顔を覆う。その様子に気づいた監督が、しばらく言葉をかける。

 そんな香川が6番手として放ったPKはゴールポストに弾かれ、続くUAEの選手の蹴ったボールがゴールネットを揺らした。前回王者としてアジアカップに臨んだ日本は準々決勝での敗退が決まった。

 ◇ ◇ ◇

 というわけで、「挙手制が良くない」という意見に説得力はない。日本代表はその前に「指名制」で負けているのだから。

森保監督が語っていた「挙手制」の背景

 ただ、森保監督には感じるところがあったようだ。W杯の約2カ月後、熊本県で行われた講演会のなかで、次にPK戦に突入することがあれば『指名制』を採用したいと示唆している。

 そして、年始に放送されたNHKの番組『スイッチインタビュー』で、明石家さんまに向かって、カタールW杯におけるPK戦時の判断と、今後の意向を明かしている。抜粋すると以下のように話している。

〈試合終了間際のときには、コーチと相談して、順番を決めていたところはあるんですけど……。結果、私が決断したのは『挙手制』で、『自分が蹴る』という自信のある選手に蹴ってもらおうということでやりました。順番を決めてやるというのももちろん(ありえる)ですけど、私の過去の経験で『挙手制』でやってきた中で勝っている確率が高かったんですよ。

 あと、PKは勝つか、負けるか、わからないじゃないですか? 究極のプレッシャーの中で、そこで勇気を持って『俺が蹴る』と言ってくれたことが、まず、今後の成長につながるなと思って。(中略)次にどうするか、最終的にはわからないですけど、順番であったり、相手のことを分析する、『どこに蹴る』かということは、もっと、もっと、詰めていかないといけないなと。今度は多分決めると思いますけど、順番を〉

 なお「勇気を持って『俺が蹴る』と言ってくれたことが、まず、今後の成長につながる」という部分は、〈前編〉で紹介した「日本代表の勝利を願う気持ち」と「日本サッカーの発展を願う気持ち」の両輪を回しながら決断しているという話につながる。

 あらゆる想定をして試合に臨むのが森保監督の信条だ。そこで、バーレーン戦を翌日に控えた公式記者会見の席で、監督の意向を再確認することにした。

PK戦についての「8つのデータ」を見ていくと

 そのやり取りを紹介する前に、PK戦について興味深い「8つのデータ」を見ていこう。なお、以下のデータの大半がW杯におけるものだ。

 クロアチア戦以降、日本サッカー協会の反町康治技術委員長は、様々な場所でPKに関するデータを紹介している。今回は『日刊ゲンダイ』紙のインタビューで彼が明かした3つのデータを引用する。

<データ1〜3>
(1)PK戦で主審の笛が鳴って3秒以内にボールを蹴る人は、5秒以上かける人よりも外しやすい
(2)DF(68%)やMF(69%)よりもFW(76%)の方が成功率は高い
(3)1982〜2018年までのW杯の全PKを見ると、ゴールマウスの上3分の1の高さに蹴り込んだシュートは全て成功

 この秒数については、かなり信ぴょう性があるようだ。近年のサッカー界で話題となったPK戦として、2022年2月に行なわれたイングランドのリーグカップ決勝のリバプールとチェルシーの試合が挙げられる。両チーム合わせて最初の21人全員がPKに成功。22人目となるチェルシーのGKケパが、唯一、PKを外した選手となった。

 ケパは主審の笛が鳴ってから約2.5秒の間にPKを蹴り、ボールはクロスバーのはるか上に飛んでしまった。

時間をかけて成功した浅野に聞いてみた

 では、クロアチア戦でPKを蹴った日本の4人のキッカーのうち、唯一成功させた浅野拓磨はどうだったか。

 笛が鳴ってから、およそ3.7秒でPKを蹴り、ゴールの右側に決めた。

 そこでバーレーン戦前日、「5秒以上たってからPKを蹴ると成功率が上がる」というデータについてどう感じるか浅野本人に聞いてみた。返ってきたのは、大舞台でPKを成功させた者らしい答えだった。

「そこは(自分には) 関係ないかなと思います。もちろんデータが出ているのは事実でしょうし、何かあるのかもしれないです。でも、物理的なことで結果が決まるようなスポーツでもないので。そこに関して、あまり気にすることは無いのかなと思います」

 さらに「そういう考えで蹴る方が成功率も上がりそうでは?」と尋ねると、こう答えた。

「そうですね! まぁ……全員自信を持って蹴っていると思いますし、試合(の中のPK)でも同じですけど。自分なりに、とにかく、自信を持って蹴ることが大事かなと。どういう時に、そういう場面が来てもチームのために決める自信はあります」

「先行有利は迷信」「真ん中か最上段に蹴り込む勇気」

<データ4〜5>
(4)試合中のPKの成功率は75%前後とされる。
(5)PK戦の成功率は、試合中のPKよりも成功率が下がる大会が多い。

 ここでもカタールW杯のデータを見てみよう。

・試合中のPKの成功率73.9%(大会を通じて23本のPKが生まれ、17本が成功)
・PK戦での成功率は63.4%(全PK戦で延べ41本のPKが蹴られ、26本が成功)

 基本的に試合中はPKに自信を持つ選手だけが蹴る。そのため、PK戦では成功率が下がってしまうのだろう。

<データ6>
(6)「PK戦では先攻が有利」というのは迷信にすぎない。

 これもW杯での統計を紹介しよう。

 PK戦が導入された1978年W杯から2022年W杯まで、PK戦は計35回行われ、先攻が17勝、後攻が18勝。戦績はほぼ互角で、後攻のほうが1勝多い。

 ただ、最近は後攻が勝つことが多いという傾向が出ている。

・2018年W杯:全4回のPK戦で、全て後攻のチームが勝利。
・2022年W杯:全5回のPK戦で、先攻2勝、後攻3勝。

 なお、2022年W杯のクロアチア戦で日本は「先攻」だった。

<データ7&8>
(7)「真ん中に蹴る勇気があれば、成功率は高い」というのは現実にかなり即している
(8)ゴールを横方向に3分割したときに、「最上段に蹴りこめば止められる可能性は低い」も鉄則に近い

 以下の画像(※外部配信のサイトでは「関連記事」からご覧になれます)はカタールW杯のPK戦での41本PKの蹴られた方向について『Number』誌に掲載されたデータだ。

 グラフィックがすべてを語ってくれているが、あえて文字にすると以下のとおり。

・真ん中のエリアに蹴りこんだ時の成功率:100%(8本すべて成功)
・上段のエリアに蹴りこんだ時の成功率:100%(6本すべて成功)

森保監督に今大会のPK戦の意向について聞くと…

 8つのデータを踏まえたうえで、いよいよ森保監督の胸の内に迫ろう。

「PK戦にもつれた場合、さんまさんとの番組で明かした意向(*『指名制』を採用すること)に変更はありますか?」とバーレーン戦前日の記者会見で尋ねてみた。監督の回答は多岐にわたったので、以下に抜粋しながら紹介する。

「選手に責任を負わせてはいけないという部分で、(カタールW杯で)『挙手制』にした反省はあります。選手の勇気をたたえるということを、もう一度ここで話をさせていただきたいと思います。カタールW杯で選手たちが手を挙げてPKを蹴ってくれたことは、その勇気が成長につながると、今でも思っています」

 実は、カタールW杯で「挙手制」にすると監督が選手たちの前で宣言したあと、キッカーに名乗り出る選手がすぐに出ず、5秒ほどの沈黙が広がった。それが明らかになると、「勇気や覚悟が足りない」と選手たちへの批判的な声があった。

 ただ実情としては、方針自体を知らなかった選手や、スタジアムの大歓声のなかで監督が挙手をうながしたことをよく確認できていない選手もいたそうだ。

 常に選手を守る森保監督らしいコメントで、どのような形式でキッカーを決めたのかについて事前にチーム内で十分に共有できていなかったことを反省しているという。

違った選択、これまでしていた選択もあり得ると

 そして、森保監督はこう続けた。

「あの結果で、選手に責任を負わせてしまったので、私が決めるということは、『選択肢として』(*筆者注:二重カギの部分を強調していた)持っておきたいなと思っています。選択肢として、優先順位を『高く』持っておきたいなと。ただ、試合のなかでは空気感がありますので、そこで違った選択を……これまでしていた選択もあり得ると思います」

 いよいよ始まるアジアカップのノックアウトステージ。果たして、PK戦までもつれることはあるのか。

 PK戦に突入した時、問われるのは覚悟と――準備である。

<第1回「W杯ドイツ戦交代策の真相」編から続く>

文=ミムラユウスケ

photograph by Takuya Sugiyama/JMPA