世界最強の称号を得てターフを去った「天才」イクイノックスをはじめ、近年、多くのスターホースが生まれている日本の競馬界。その一方で、大きな期待をかけられながら、さまざまな事情で大成に至らなかったサラブレッドも少なくない。長く競馬界を見つめる筆者が、ファンに鮮烈な印象を残した「消えた天才」の蹄跡を振り返る。後編では、三冠馬コントレイルの背中を知る福永祐一が「排気量の大きさは間違いなく一番」と絶賛した逸材の現役時代をひもといていく。(全2回の2回目/前編へ)

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 ディープインパクトが実戦で初めてステッキを受けたのは、デビュー4戦目の皐月賞だった。新馬戦、若駒ステークス、弥生賞をノーステッキで勝ってきたのだが、皐月賞の4コーナーで気を抜いたかのように手応えがなくなったので、鞍上の武豊が左鞭を入れたのだった。

 そこからディープは前を一気にかわし、「走っているというより飛んでいるような感じ」と武に言わしめた。

 そんなディープの産駒に、通算成績が5戦4勝で、勝った4戦すべてがノーステッキの楽勝だったという、とてつもない馬がいた。

 全5戦で手綱をとった福永祐一騎手(当時)が、デビュー前からダービーを意識したという逸材、シルバーステートである。

デビュー前の調教で「ダービーを狙う馬が出てきた」

 シルバーステートは、2013年5月2日、ノーザンファームで生まれた。父ディープインパクトの6世代目の産駒で、母はフランスの重賞を2勝したシルヴァースカヤ。母の父はシルヴァーホーク。

 馬主はG1レーシングで、管理したのは栗東の藤原英昭調教師。主戦騎手の福永がデビュー前の調教で騎乗し、「ダービーを狙う馬が出てきた」と絶賛したというエピソードはつとに知られている。

 デビューは2015年7月11日、中京芝1600mの2歳新馬戦。福永を背に掛かり気味に先行し、抜群の手応えのまま直線へ。ラスト400mを切ったところで先頭に立ち、そのまま押し切るかと思われたが、外から伸びてきたアドマイヤリードにゴール前でかわされ、頭差の2着に惜敗。アドマイヤリードはその2年後にヴィクトリアマイルを勝つ素質馬だったし、牝馬特有の鋭い末脚に切れ負けしたような印象だった。

 2戦目は中1週で同じコースの未勝利戦。中団の外目を進み、持ったままで直線に向いた。ラスト200m付近で先頭に立つと、追われることのないまま、最後の13、4完歩は流すようにして2着を5馬身突き放した。終始馬なりだったにもかかわらず、勝ちタイムの1分34秒7は、この日に同じ条件で行われた中京2歳ステークスより1秒3も速かった。

 3戦目は10月17日、京都芝2000mの紫菊賞。レース間隔があいたこともあり、プラス14kgの486kgでの出走となったが、速いスタートを切って好位の内を進み、直線で福永が軽く仕掛けると瞬時に前の馬たちをかわし、前走同様、最後は流すようにして1馬身1/4差で勝利をおさめた。

 太め残りで、距離が延び、相手が強くなっても、ほとんど持ったままで上がり32秒7という驚異的な末脚で楽勝。翌年のクラシックがさらに楽しみになった。

屈腱炎で長期休養…「幻のクラシックホース」に

 しかし、主戦の福永がその2週間後、10月31日のレース中に落馬して負傷。右肩鎖関節脱臼、右鎖骨剥離骨折などのため、全治5カ月と診断された。そのため、翌2016年の初戦に予定していた2月14日の共同通信杯にはクリストフ・ルメールが騎乗することになっていたのだが、それに先立ち、1月21日にシルバーステートが左前脚に屈腱炎を発症したことが発表された。長期の休養に入り、クラシックには参戦できなかった。

 かくしてシルバーステートは「幻のクラシックホース」となってしまった。この世代のクラシック三冠を見ていくと、皐月賞はディーマジェスティ、ダービーはマカヒキ、菊花賞はサトノダイヤモンドが優勝。3頭ともディープ産駒である。オークス馬シンハライトもそうで、まさにディープ産駒の「当たり年」と言うべき世代であった。

1年7カ月ぶりの実戦で見せた驚異のパフォーマンス

 復帰戦は2017年5月20日、京都芝外回り1800mのオーストラリアトロフィー。紫菊賞以来、およそ1年7カ月ぶりの実戦である。好スタートからハナに立ち、後続を引きつけて先頭のまま直線へ。ラスト200m付近で福永が手綱を短く持ち直すと、それを合図に加速して後ろを突き放し、最後の10完歩ほどは追われることなく、2着に3馬身差をつけてゴールを駆け抜けた。上がり3ハロンはメンバー最速タイ。逃げた馬が、持ったままで最速の末脚を使ってしまうのだから、後ろの馬はたまったものではない。

 つづく阪神芝外回り1800mの準オープン、6月24日の垂水ステークスも、コースレコードタイの1分44秒5で楽に逃げ切った。最後の10完歩以上を流していたので2着との差は1馬身半しかなかったが、ラスト200m付近では4馬身ほどもリードしており、そのまま軽く追っていれば4、5馬身差をつけ、コースレコードを更新していただろう。なお、2着のエテルナミノルは翌年の愛知杯を勝ち、3着のタツゴウゲキは七夕賞を挟んで小倉記念、新潟記念を連勝する強い馬だった。

 シルバーステートの次走は秋の毎日王冠の予定だったが、8月の終わりに屈腱炎を発症していることが判明。再び長期の休養を余儀なくされることになった。陣営は復帰を目指す方針だったが、結局、引退を決断した。

福永祐一が語った「排気量は間違いなく一番」

 新冠の優駿スタリオンステーションで種牡馬となり、初年度産駒のウォーターナビレラがファンタジーステークス、セイウンハーデスが七夕賞、リカンカブールが今年の中山金杯を勝つなど、初年度産駒から重賞勝ち馬が複数出るという順調なスタートを切った。2世代目の産駒のエエヤンもニュージーランドトロフィーを勝つなど活躍している。

 言ってもせんない「タラレバ」だが、この馬がクラシック戦線にいたら、勢力図は違ったものになっていたはずだ。また、古馬になってから、例えば、不良馬場になった天皇賞・秋で、キタサンブラックと戦っていたらどんな展開になっていただろう――などと、あれこれ考えてしまう。

 三冠馬コントレイルをはじめ、多くの名馬の背中を知る福永は、初年度産駒がデビューする前のタイミングで行われたインタビューでシルバーステートについて問われると、「排気量の大きさでいうと、今まで乗った馬のなかで間違いなく一番」と答えている。規格外にパワフルだったエンジンに、ボディがついていけなかったがゆえに、「幻の最強馬」になってしまったようだ。

 自身はGIに出走することすらできなかったが、巨大なエンジンパワーに耐え得る堅牢なボディを持った産駒が現れて、父が果たせなかったGI制覇の夢を叶えるシーンが現実になる可能性は、決して低くない。

 規格外の大物の出現を、待ちたい。

<「モノポライザー編」とあわせてお読みください>

文=島田明宏

photograph by Yuji Takahashi