今年ニューヨーク・メッツでメジャー2シーズン目を迎える藤浪晋太郎。昨年、先発から中継ぎ降格、移籍、地区優勝と激動の1年を過ごした藤浪に密着したのが、関西テレビのアナウンサー・服部優陽だ。全米を東奔西走しながら藤浪を追い続け、見えてきた変化とは――。(Number Webインタビュー全3回の第3回/初回はこちら)
「メンタルも、技術なんやな……」
2023年5月のある日。試合終了後、球場から藤浪の車に乗せてもらい2人で帰っているとき、運転席の藤浪がボソッとつぶやいた。
「メンタルも、技術なんやな……」
その言葉に、服部は驚かされたという。
「日本での彼は、不調をメンタルのせいにするのを誰より嫌っていました。『体・技・心』の順で考えていて、メンタルに至るまでの『体』と『技』が大事なんだと。技術が精神を凌駕するのだと。その男から『メンタル』の言葉が出て、びっくりしましたね」
聞くと、その当時の藤浪はボラス事務所のメンタルコーチからアドバイスを受けていたという。指から離した後のボールは自分にはコントロールできないから、ボールを指から離すまでの過程に意識を集中する。頑なに否定していたメンタルを「精神論」ではなく、コントロール可能な「思考法」ととらえ直す――それが、藤浪のいう「メンタルも技術」の真意だったのだ。
「最終的に彼は、ボールから指を離すポイントという最小単位にフォーカスを絞っていましたね。あの頭でっかちな男がここまで思考をシンプルにできるのか、と。アメリカってすげえな、と思いましたね(笑)」
藤浪からのLINE「トレードになりました」
「メンタルも技術なんやな」とつぶやいた日と前後して、藤浪は本来の力を発揮し、輝きを取り戻していく。セットアッパーに転向してからは安定した成績を残し続け、5月12日のレンジャーズ戦では初勝利。7月4日のタイガース戦では圧巻の3者連続三振で5勝目を挙げ、勝ちパターンの一員としてチーム内での存在感を高めていった。その活躍につれて、スタンドで見守る服部の応援にもいっそう熱がこもった。
そして、7月19日。藤浪から届いたLINEに、服部は一瞬目を疑った。
「ボルチモアにトレードになりました」
アメリカ大陸を横断する“引っ越し”
シーズン中のトレードは、藤浪自身にはもちろんだが、いちファンである服部にとっても青天の霹靂だ。しかも、西海岸のオークランドから東海岸のボルチモアへ、アメリカ大陸をまるまる横断する大移動。服部はしばし途方に暮れた。
「引っ越し……どうしよう」
あわてて現地の賃貸住宅サイトで物件を調べるも、家賃が軒並み高い。そもそも、仕事のないアジア人というだけで契約をことごとく断られた。
「内見して、いざ契約という話になったときに『そもそも、きみは何の仕事をしているの?』と尋ねられて『日本ではブロードキャスターをしています。でも、今は仕事をしていません』と答えると、そこからは話を聞いてもらえません。収入の保証がないから当然ですよね」
仕方なく、ボルチモアでは民泊アプリ「Airbnb」を使ってバックパッカーのように安宿を転々としたり、オリオールズの遠征時には藤浪の家を貸してもらったりした。
「FUJI GUY」爆誕
さて、ア・リーグ東地区で優勝争いをするボルチモア・オリオールズの一員となった藤浪は、好調を維持し、セットアッパーの一人として安定した成績を残し続けた。ボルチモアのファンにも「FUJI」の名前はすっかり定着した。
そして、9月5日のアナハイム・エンゼルス戦。この日に「富士山帽を被った日本人」の様子が地元メディアのカメラに大きく抜かれ、SNSでも拡散されたことで、「藤浪の熱烈な追っかけキャラ」が“爆誕”。連日のようにスタンドで声を張り上げる服部はいつしか、地元ファンの間でこう呼ばれていた。
FUJI GUY(フジ・ガイ)。
その「フジ・ガイ」の声援も後押しし、オリオールズはア・リーグ東地区で優勝。藤浪も欠かせない戦力として大きく貢献し、シャンパン・ファイトの輪に加わった。
「ポストシーズンの選手登録から漏れたよ」
10月のある日。服部のもとに、藤浪からLINEが届いた。
「今日、メシ行こうや」
その日は同じ「チームFUJI」の鎌田通訳兼パーソナルトレーナー、木下マッサージセラピストの2人が別の用事で、“サシ”での食事の誘いはアメリカに来てからは初めてだった。「珍しいな」と服部は不思議に思ったが、同時に察するものがあった。
レストランで食事をしながら、藤浪はぽつりとつぶやいた。
「ポストシーズンの選手登録から漏れたよ」
それを聞いて、服部は「やっぱり」と思ったという。
「弱音を吐かないタイプなので『そんな、しんみりするのやめてくれる?』と笑っていましたし、『オレはここまでやれただけで満足しているよ。最初のチャレンジとしては100点満点だ』と明るく話していました。でも……その話をわざわざ彼から切り出すということは、内心何かあるんだろうな、とは思いましたね」
思い返すと、2019年に二軍降格した日の深夜も、失意の藤浪から食事の誘いがあった。彼にとって服部は、何かを相談したりアドバイスを求めるわけではないが、つらいときに「そばにいて話を聞いてほしい」存在なのだろう。
間違いなく人生のハイライトにはなる
2023年11月。藤浪晋太郎は7勝8敗2セーブ、防御率7.18の成績でメジャー1年目のシーズンを終え、帰国した。
その挑戦を現地で見届けた服部優陽も、7カ月間の“挑戦”を終え、11月から関西テレビにアナウンサーとして復帰している。
11月13日の報道番組「newsランナー」では、藤浪が帰国後初めてのテレビ出演。服部からの「出てくれへん?」の要請を快諾し共演を果たした。服部が現地で書き綴った日記をもとに、藤浪のメジャー挑戦の日々を紹介する新春特番も1月3日に放送された。
本職の競馬実況はもちろんのこと、翌年1月10日には兵庫・西宮神社での「福男選び」の実況も担当。1月28日の「大阪国際女子マラソン」中継でも一翼を担った。
帰国して数カ月が経ち、アナウンサーとしてのあわただしい日常が戻った。「嘘みたいですよね。今でも思いますよ。本当にアメリカにいたんだっけ? って」と、服部はこの7カ月間の日々を回想しながら笑う。
「でも、間違いなく人生のハイライトにはなるでしょうね。死んで棺桶に入るときに思い出すだろうな、と」
「あの仕事、できなかったな」という思いも。でも…
7カ月間で失ったものは多い。毎日の「辛ラーメン」で生活費を切り詰めながらも貯金は底を尽き、ドル建ての生命保険も解約した。重賞レースを実況するチャンスも、大好きな「ウマ娘」シーズン3と番組でコラボするチャンスも逸した。関西のテレビ局のアナウンサーとしては、阪神タイガースとオリックス・バファローズの日本シリーズにも立ち会いたかったことだろう。
「そうなんですよ。今でもいろいろな思いがよぎるんです。『あの仕事、できなかったな』『あんなチャンスもあったよな』と……」
服部は正直に、複雑な胸の内を打ち明ける。その後に、「でも……」と言葉を続ける。
「この間、藤浪と食事しているときに言われたんです。『でも、いいじゃん。お前、フジ・ガイになったんだから』って。その一言で、なんだか腹落ちできましたね。『それもそうだね』って(笑)」
もうすぐ2024年シーズンが開幕する。藤浪晋太郎は新たにニューヨーク・メッツのユニフォームに袖を通し、メジャー2年目のマウンドに挑む。富士山帽とつぎはぎのユニフォームを脱ぎ、スーツに着替えた「フジ・ガイ」は、遠く日本からその雄姿を追い続ける。
<「野茂からのメッセージ」編とあわせてお読みください>
文=堀尾大悟
photograph by Yuhi Hattori