イチローは現役時代、毎年200安打という目標を自らに課して10年連続で達成し、引退した今でも球児たちの目標であり続けるために邁進している。「目標」を持って日々を過ごすことの大切さ、そして達成するために大切なことはーー。イチロー自らが「目標設定の極意」を語る。<全2回の前編/後編も公開中>
(初出:発売中のNumber1092号[スペシャルインタビュー]イチロー「自分の限界を超えるために」より)

子どもながらに目標設定ができていた

――イチローさんは「目標」という言葉をどんなふうに捉えていますか。

「自らを高めていくために不可欠なものと捉えています。基本的には遠くに設定するものと、近くに設定するものの2つがあり、日々意識するのは近くにある目標で、それをクリアしていくことで遠くにある目標に近づいていく、そんなイメージです。これってよく耳にする話ですよね。でもやってみると結構難しいんですよ。ひとつ言えるのは、遠くの目標だけを見ているといずれは挫折します。難しいけど頑張ればできる距離感を大事に、僕は形にしてきました。

 どんな人でも突き詰めれば“元気でいたい”が目標になるのではないでしょうか。だって元気がなきゃ何にも向かっていけないし、つまらないですからね」

――その都度、細かく目標を設定するタイプだったと思いますか。

「振り返ると、僕は中学生のときに大きな賭けでしたが周囲の反対に抗い、学業を捨てて野球を選びました。そして(愛知県の)東邦高校と愛工大名電高校のどちらに行こうかと考えたとき、甲子園なら東邦、プロへ行くなら名電だと思って、名電を選んだ。甲子園出場ではなく、プロへ行くことを優先して進学先を決めたその選択は、子どもながらに目標設定ができていたからこそだと思っています」

――結果的には名電に進んで、甲子園出場もプロ入りも両方、叶えました。

「高校では、プロへ入ってからのことを考えて“できるだけ練習しない”をモットーに過ごしました。変わってますよね。でも自分なりの信念があって、高校のレベルで必死にやってようやく、でプロに入ったところで、活躍なんてできないと考えていたんです。

 ここ数年接している高校生の中には、高校時代の僕よりも優れている選手が何人かいました。しかし、先を見据えて“意図的に練習しない”なんて思考を持った選手はいません。今の僕が当時の僕を見たって、『こいつ相当変わってる』と感じると思います」

イチローが小学生のとき、立てた目標

――イチローさんが立てた、人生で最初の目標を覚えていますか。

「小学生のとき、全国のレベルを見てみたいという目標を立てました。

 当時、僕らのチーム(豊山町スポーツ少年団)は全国大会に出場したことがなく、(愛知県)西春日井郡の強豪のレベルは経験していても、その先を知らなかった。

 僕はピッチャーで、チームメイトにもいい選手が揃っていました。それでも西春日井郡で4、5回、愛知県大会でも4、5回、続けて勝たなければ全国大会へは行けない。一度負けたらそれで終わりの、10連勝しなければならない大会です。結果として達成できましたが、それなりに高い目標でした」

――目標を設定したあと、そこに近づくためのアプローチをどんなふうに考えていたのでしょう。

「チームで集まれるのは週に一度、日曜日だけだったので、全体のレベルを上げるには限りがありました。あとは個人の能力を上げることしかできない。毎日の練習で、バッティングセンターでボールを捉える確率が上がるとか、飛距離が伸びるとか、速い球を速く感じなくなるとか、そういう感触を得る中で、自分の状態を測っていました。投げる方は、遠投とピッチングは毎日欠かさず、精度を高めていく訓練の日々でした」

――今日と明日、そこに小さくても変化があると考えられれば、いずれ大きな変化につながるという考え方を子どもの頃から持っていたんですか。

「当時、そこまで考えていたわけではありませんが、“コツを掴めば劇的に前進する”、そんな感触を持っていました。

 小学生のときってそんなに野球がうまくないから、何かをきっかけとして大きな前進をすることがあるんです。キャッチボールだけでは物足りなくなって、ショートバウンドの捕球を練習すると、最初はうまく捕れなくてもやがてできるようになる。さらにハーフバウンドの練習でも、コツを掴めばあっという間にできるようになる。目に見えてうまくなっている手応えを得ることが楽しくて、頑張り続けようと思えるんです。でも、ある程度のレベルになってくると、それを得ることが難しくなる。そこからは、地道な半歩を大事にできるかどうか、時には後退も受け入れられるかどうかで、後に大きな差が生まれるのだと思います」

夢のままの人は前へは進めません

――この先の目標を語るとき、「夢」という言葉もありますが、「夢」と「目標」はどう使い分けているのでしょう。

「人に期待する夢、は別として自分に目を向けると、叶わないものが『夢』ですね。だから、夢はずっと夢のままです。夢を目標に置き換えられたとしたら、それは実感として、達成したいことに近づきつつある状態ということでしょう。何かを目指して、具体的に見据えている人は、夢ではなく目標になる。夢のままの人は前へは進めません。

 僕は小学6年生のときに『僕の夢』という作文で一流のプロ野球選手になることが夢だと書いています。当時は『必ずなれる』とか『契約金は一億円』とかホザいていましたが、まだまだプロ野球選手は夢の存在で、現実味のある距離ではなかった」

――夢が目標になったのはいつ頃ですか。

「高校に入る時点では、すでに夢ではなく、かなり目標に近かったですね。そうでなければ、中3で人生を左右する賭けには出られません。高校3年生の春を終えて、夏を迎えるタイミングでは完全にプロを見据えていました」

<後編に続く>

文=石田雄太

photograph by Naoya Sanuki