試合を終えて、ネブラスカ大のエース富永啓生がチームメイト、関係者だけでなく、ミシガン大のファンにまで取り囲まれている姿は象徴的に思えた。

 少年たちに盛んに声をかけられ、なんとミシガン大のチアリーダーにも写真撮影を求められている。地元絶対の米スポーツではほとんど見られないシーン。ほんの数十分前まで目の前で行われていたゲームでの富永のプレーはそれほど素晴らしく、敵地の人々まで虜にするほどのスター性が感じられたということなのだろう。

「もちろんシーズン最後の試合というのがありますし、すごく大きい試合でした。入りから自分たちのペースで、自分たちの流れでやるっていうことも心に決めていた。オフェンスの部分でチームを引っ張ることができてよかったです」

通算1000得点に到達「今季最高級のプレーだった」

 ミシガン州アナーバーにあるクライスラーセンターで3月11日、ミシガン大を相手に行われたシーズン最終戦後、富永は目を輝かせて自身のプレーを振り返った。

 大学生活最後のレギュラーシーズン戦となったゲームで、富永はカレッジでのキャリアハイにあと1点と迫る30得点をマーク。3Pを8本中5本成功させ、6リバウンドは自己最多タイだった。ゲーム中にネブラスカ大史上31人目の通算1000得点を達成するおまけまでつけて、ファンにその魅力を存分にアピールしてみせた。

「今季最高級のプレーだった。前半だけで23得点を挙げ、チームにいいスタートを切らせてくれた。啓生が大きく成長してくれたことを誇りに思う」

 ネブラスカ大のフレッド・ホイバーグHCもそう目を細めていたが、実際にチームにとって極めて重要な意味を持ったゲームで、これだけのプレーができることがそのスター性の証明といえよう。

 ミシガン大を85-70で下したネブラスカ大は、シーズン22勝9敗、ビッグ10カンファレンスでは12勝8敗の好成績で同カンファレンスの3位を確定。負ければ順位が大きく変動しかねなかったこの一戦の持つ意味を、富永自身ももちろん理解していたという。

「自分たちもわかってプレーしていました。アウェイ戦ではあったんですけど、この1試合は絶対に勝たなければいけなかった。そのゲームに勝利できて、またNCAAトーナメントに一歩近づけたのは本当によかったと思います」

 ハイレベルのカンファレンスで上位に入ったことで、ネブラスカ大の視界は大きく開けた。13日から始まるビッグ10カンファレンス・トーナメントを待たずして、すべてのカレッジ選手の憧れでもある通称“マーチマッドネス(3月の狂気)”ことNCAAトーナメントへの出場をほぼ決定づけることにもなった。

過小評価されている? ホイバーグHCの見解

 この快進撃の立役者となった富永の今季最終成績は29試合で平均14.6得点、2.3リバウンド、1.3アシスト。どんな場所からでもロングジャンパーを決められるシューターとしての名声は、すでに米カレッジ界に轟いた印象がある。それと同時に、得点以外の主要スタッツもほとんどすべて自己最高。その成長を見守ってきたホイバーグHCは富永の総合的な向上度を高く評価していた。

「ディフェンスは1年目から大きく上達しているし、身体が強くなったことが様々な面に影響し、全体的により優れたプレーヤーになった。単なるスコアラーではなくプレーメイカーとしても確立したね。ボールがないところでの動きが素晴らしく、ゴール周辺でフィニッシュする能力は啓生が最も向上した部分だ。相手チームは彼の3Pを封じ込めようとするけれど、彼のカッティングとゴール周辺の動きは過小評価されていると思う」

 現役時代にはインディアナ・ペイサーズ、シカゴ・ブルズ、ミネソタ・ティンバーウルブズで合計10シーズンにわたって活躍した元NBAプレーヤーであり、2018年まではブルズのHCも務めたホイバーグの言葉には説得力がある。

 実際に富永はまだ優れたディフェンダーとはいえないものの、カレッジ入学当初のように守備時に押しまくられる機会はだいぶ減少した。大きな課題だったショットセレクションも改善し、少々難しい体勢でのシュートも決めきる決定力という魅力を保った上で、無謀なショットを放つ姿はほとんど見られなくなった。

 ゴール周辺で巧さを発揮して得点する姿は頻繁に見受けられ、ホイバーグHCの言葉通り、もはや3Pだけを封じれば抑えられる選手ではなくなった。カレッジレベルではより完成されたスコアラーとなった上で、童顔のスナイパーはまもなく待ちに待った“トーナメントシーズン”を迎えようとしている。

 まずは13日から始まるビッグ10カンファレンス・トーナメントに第3シードという好位置で臨み、17日、NCAAトーナメントの出場チームが発表される“セレクション・サンデー”が待ち受ける。その後、ついに開幕する“マーチマッドネス”では、ネブラスカ大は少なからずの注目を集めるのではないか。

 優勝候補に挙げられるような戦力ではないが、1月9日にはその時点で全米ランキング1位だったパデュー大、2月1日には同6位のウィスコンシン大を下したネブラスカ大には大物食いの魅力がある。シーズン最後の7戦中6勝と上昇気配。その間、カンファレンス戦開始後は6連敗と苦手だったアウェイ戦でも2勝を挙げてジンクスを打破した。怖いもの知らずのネブラスカ大が上位進出を目指した時、鍵になるのが23歳の若さですでに経験豊富な富永であることをホイバーグHCも認めている。

「啓生は大舞台を恐れない。彼はすでに日本を代表してW杯というビッグステージを踏んでいるし、私の意見では母国代表チームでも最高レベルのプレーをしていた。今回の新たなチャレンジに臨む順位ができていると思う。トーナメントでも主軸としての活躍を期待しているよ」

 米スポーツファンの間でNCAAトーナメントの人気は絶大であり、日本人からは甲子園大会に例えられるほど。大会期間中はこの大会の話題で持ちきりになり、多くの選手が“マーチマッドネス”で活躍することで飛躍的に知名度を高めていった。日本出身の超絶シューターにとっても、評価向上の絶好機であることは間違いない。

楽しみなクライマックス、そしてその先

 現在戦っているカレッジ最後のシーズンのあと、富永がさらに大きな舞台を目指していることも日本のファンならもうご存知のはず。そこに続く道筋を思い描いた上でも、NCAAトーナメントは余計に大切な戦場だといえよう。

「もう啓生の名前は十分に知られているし、評価もされている。そのシュート力がゆえに、NBA入りのチャンスはある。彼にとって重要な夏になるのだろう。チャンスを掴みきることを私も願っているよ」

 ホイバーグが熱っぽく語ったそんな“願い”は、日本のバスケットボールファンに共通の思いでもあるだろう。今週末、より明るい未来に向け、楽しみなカレッジキャリアのクライマックスがスタートする。富永が“マーチマッドネス”で真の意味で全国区に躍り出たとき、その先に続く道もうっすらと見えてくるはずである。

文=杉浦大介

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