センバツ優勝の本命にも挙げられる石川・星稜。同校を率いるのが、山下智将(としまさ)監督、42歳だ。2023年春に監督に就任すると、同年秋の明治神宮大会を32年ぶりに制覇。なぜ再び強くなったのか。中編では「松井秀喜時代から変わった」指導を聞いた。〈全3回の2回目〉

「うちも本当に変わりましたからね」

――慶応が勝ったことで高校野球の指導方法等の変化が、一段と加速してきているような感じを受けませんか。

山下 うちも本当に変わりましたからね。私自身、高校時代は父(智茂=1967年から2005年まで監督)が監督で、やっぱり厳しかったし、怖かったですから。父の時代は「はい」しか言えませんでしたしね。間違ってるなと思っても「はい」でした。当時は、自分には監督なんてできないし、絶対に向かん仕事だなと思っていました。父にどこか遊びに連れて行ってもらった記憶もないし、負けたら家でも機嫌悪いし。本当に勘弁してほしいと思っていました。

――なのに今、こうして母校の指揮をとっているわけですね。

山下 なんなんでしょうね。1つ強烈に覚えているのは、2年生のときは甲子園に行ったんですけど、キャプテンだった3年生のときは行けなくて。それがすごく悔しかった。もう一度行く方法があるとしたら指導者しかないなと思ったんです。それはめちゃくちゃ覚えてます。それがきっかけで教員免許を取らなきゃと思ったんですよね。

松井秀喜の時代から…何が変わった?

――一昨年夏から代行として監督を務め、昨年4月に正式に監督に就任しました。どのあたりを意識してチームづくりを進めてきたのですか。

山下 あるインタビューで「監督としてどんな色を出していきたいですか」と聞かれたので「私の色はあんまり出ないようにしたい」と答えさせてもらったんです。むしろ選手個々の色が出てくるような、それをサポートするような立ち位置でいたいと思っているので。チームって毎年、変わるじゃないですか。バッティングが好きなチームもあれば、守備が得意なチームもある。明るいときもあれば、真面目なときもある。そのときどきで指導者の声のかけ方とか、立ち居振る舞いとかも変わってくるのかな、って。林(和成/元監督)先生の野球を引き継ぎながらも、星稜はこういうチームだからこういう風にしなさいみたいな感じにはしたくないんですよね。

――監督になったら、やはりお父様に似てくるところもありますか。

山下 ないですね。父は大黒柱となる投手をつくって、守備からリズムをつくるという野球でした。でも林先生がバッティングのチームをつくりたいと、ものすごく打撃にこだわったチームづくりをした。部長としてサポートしていた僕もそこは賛同していました。ピッチャーも何枚もつくって、継投でいきますし。あと、僕らの代とかだと、メンバーとメンバー外がはっきりわかれて練習をしていました。バッティング練習をほとんどしないまま引退した同級生もいたぐらいです。林先生はそこもすごく悩んでいて。今は最後まで選手同士がメンバー争いをできるような環境に変えました。女子マネージャーを採用したのもそのひとつなんですよ。今までは選手の中から男子マネージャーを決めていたんですけど、それはイコール、選手を諦めろということになってしまうので。そこも昔と大きく違うところだと思います。

ミーティング“監督不在”で全国制覇

――林さんもそうでしたけど、山下さんも、いい意味で、いわゆる監督っぽさがないですよね。

山下 そう言ってもらえると最高に嬉しいですね。それでいいです。僕、高校野球の監督が甲子園で何勝したとかもまったく興味がないんですよ。あれ、好きじゃないんです。

――昨秋の明治神宮大会では、松井さん在籍した1991年以来、32年振りの優勝を果たしました。あの大会ではミーティングをすべて選手に任せたということが話題になりましたよね。

山下 実は、いろんな理由があったんです。神宮大会って在学中に2回しか出るチャンスがない。生徒たちは東京に行く機会もなかなかないので、あまりガチガチに縛らずに東京の街並みとかを見て、何かを感じてほしいというのもありました。あとはどの高校も2つの宿舎のうちいずれかにまとまって泊まっているので、相手校を分析するスペースなどを確保するのも難しくて。

――どこに泊まっていたのですか。

山下 池袋のサンシャイン(シティプリンス)ホテルと、品川プリンスホテルに分かれるんです。僕らは池袋で、大阪桐蔭と食事とかいつも一緒でしたね。それと、このときはけっこう試合動画が豊富にネット上に上がっていて、携帯で簡単にチェックできた。だったら、この子たちの感性に任せてみようと、私は一切、ミーティングには入りませんでした。ひょっとしたら、コーチは入っていたかもしれませんけど。ただ、生徒にやらせている以上、私も同じだけ分析はしました。試合前、キャプテンにどんな感じのミーティングになったのかを聞いて、足りない部分はちょっと付け加えたりしました。初戦の広陵戦は付け加えた記憶がありますね。ただ、1試合ごとに精度が高くなっていって、決勝ぐらいになったら何も言うことはありませんでしたね。押さえてほしいところはだいたいおさえてくれていたので。

――選手任せのミーティングは選抜大会も継続するのですか。

山下 正直なところ、ここまで大々的に報道されるとは思っていなくて……。任せて、これだけの成果が出たので、そこは認めてあげなきゃいけないと思うんです。なので、一旦はやらせようと思います。ただ、甲子園の宿はうちのチームだけですし、時間にも余裕がある。一旦はやらせて、前日にこちらの分析とすり合わせるぐらいはやろうかなと思っています。

スマホ、SNSの使用ルールは?

――星稜は選手の携帯電話におけるルールはどのように定めているのですか。

山下 うちはけっこう自由です。学校として登校したら電源を切るというルールがあるので、そこは守らないといけませんけど。練習中も学校の一部なので携帯は触れさせないようにしています。ただ、自主練習中は大目に見て、使ってもいいことにしています。バッティングの動画を撮ったりもしたいと思うので。

――大会期間中は?

山下 以前までは夜、回収していたんですけど、それもやめました。フリーです。でないと、動画で必要な情報も集められなくなってしまうので。ただ、夜、動画をずっと観て寝られなくなるようなことはないよう、そこは自分で管理してくれと言っています。

――SNSの使用に関してはどうですか。

山下 そこはめちゃくちゃ気を使っています。うちは原則、LINEだけですね。インスタとか、Xとか、Facebookとかのアカウントを持っていたら入部するときに削除してもらいます。学校では別に禁止していませんけど、部としてそこは相当、神経を使わないといけないところだと思っているので。

〈つづく〉

文=中村計

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