「STRONG女子のベルトはメルセデス・モネのために作られたベルトっていうのを何度も目にしたり聞いたりした。それが悔しくて。でも少しはジュリア色に染まってきたかな」

 STRONG女子王座10度目の防衛戦を前にそう語っていたジュリアは3月10日、後楽園ホールで、メキシコCMLLからやって来たステファニー・バッケル(チリ)に押さえ込まれてしまった。こうして新日本プロレスのタイトルであるSTRONG女子王座はジュリアの手を離れた。

あのヒールが「スターダムに来てくれてありがとう」

 この3月でスターダムを退団するジュリアは、STRONGのベルトをバッケルに託したようにも見えた。それを匂わせる言葉も口にした。同時に噛み合わない相手だとも表現した。

 それでいてバッケルが漂わせるプロフェッショナルな雰囲気を感じることができた。それはモネのような洗練された華やかさではない。だが、もっとストロングなものをバッケルは持ち合わせていた。

「私がSTRONGチャンピオン」と胸を張るバッケルに対して、ジュリアは「またどこかで戦うことになるかもしれない」という予感を口にした。

 話は少し前の2月17日、刀羅ナツコとの一戦に遡る。これは見ごたえのある試合だった。ジュリアが振り下ろしたテーブルの天板は、刀羅の頭がそれから抜けなくなるほど強烈だった。一方の刀羅はハサミでバッサリとジュリアの髪を切り落とした。

 ジュリアがノーザンライトボムでフォール勝ちした。二人ともリングに正座して別れのセレモニー。それまでの激しさと好対照なシーンだった。刀羅は「スターダムに来てくれてありがとう。こんな試合、オマエとじゃなきゃできねえよ」と“らしくない言葉”まで口にした。

 それなのに時間が経てば、刀羅ら大江戸隊は無冠となったジュリアを「とっとと消えろ」と踏みつけた。大江戸隊らしいジュリアへの追い出しセレモニーだった。

「めっちゃ悔しい。今までSTRONGに挑戦してきてくれたやつら、一人も忘れねえよ。バッケル、そして刀羅ナツコ、大江戸隊の諸君、てめえもだよ。プロレスラー、ジュリアはこれで終わりじゃない。ここからが始まりなんだよ」

「あんたは中野たむを一生引きずって生きろ」

 ジュリアの「スターダム最終章」のカウントダウンは進んでいる。リングを降りたジュリアと通路で対峙したのは中野たむだった。ジュリアから赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)を奪った女だ。

「あんたがどこへ行こうが、私の知ったことじゃない。勝手にすればいいと思ってる。でもあんたは唯一無二のライバル。あんた以上に本気になって戦える相手はいない。私以上のライバルなんてこの先現れるはずもない。私以上のライバルを作るとか絶対に許さない。あんたは中野たむを一生引きずって生きろ。最後にあんたに呪いをかけてあげる。1対1で戦って」(中野)

「帰ってこねえかと思ったよ。そうだな、やんなきゃな。今、この瞬間、このスターダムに私と中野たむがいるってことは、やんなきゃいけないよね。いや、やりたいと思っていたよ」(ジュリア)

 3月20日、ジュリアは名古屋大会で中野と戦うことになった。

ジュリアと中野たむ、激闘の歴史

 ジュリアと中野はこれまで何度も大一番で戦ってきた。

 コロナ禍の2021年3月3日、日本武道館。二人は白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)と髪の毛を懸けて戦った。強烈な張り手の応酬があった。

「こいつだけには負けたくない」

 ジュリアの奥歯は欠けたという。両手をロックしてのスープレックスで勝利した中野はジュリアに「髪の毛なんか切らなくていい」と叫んだが、ジュリアは「ベルトも髪の毛も、人生まで懸けて戦っているんだ」と潔く頭を丸めた。

「何もかも合わないし、何もかも真逆。それなのに私たちには一つだけ共通点がある。身体の強さじゃなくて、心の強さで戦っているところかな。あいつも仲間は大切にするけれど、一人になっても生きていけるタイプ。私と同じ匂いを感じる。中野たむだったから、互いに感情をぶつけ合うことができた」

 2022年10月1日、武蔵野の森総合スポーツプラザ。『5★STAR GP』優勝決定戦で、今度はジュリアが勝った。

「勝負は一瞬ですべてが変わる。夢に近づいたと思ったら、ずっと遠くなった。私はまたジュリアに負けた。白いベルトの時も、私がチャンピオンになってからも、いつもあいつと比べられて。髪切りの時もあいつが注目された。もう少しだった。いつになったらあいつに勝てるんだろう。ナンバーワンじゃないと意味がないんです」(中野)

「決勝で中野たむとまた会えて、すごく感慨深いですね。何度でもやりましょう」(ジュリア)

 優勝したジュリアは同年12月29日、両国国技館で朱里を倒し、ついに赤いベルトの女王になった。

 だが、ジュリアの前に姿を見せたのは、またしても中野だった。2023年4月23日、横浜アリーナ。ジュリアは中野に敗れて女王の座を追われた。

「私の最大のライバル。あんたと戦うのには命だって捧げたってかまわないと思っている」(中野)

「今日は楽しかったよ。ただし、お前の顔はもう当分見たくねえ、はこっちのセリフだよ。また、いつかな」(ジュリア)

 中野は女王としての防衛ロードを踏み出したが、同年10月の3度目の防衛戦でヒザを負傷し、長期の欠場を強いられ、ベルトも返上した。今年になってやっと復帰した中野は、思いのほか静かだった。それでも中野らしく、因縁のジュリアに狙いを定めた。

「WWEのトリプルHがジュリアを欲しがっている」

「高い山の頂上で絶景を見る」

 ジュリアの願いはここから始まる。ジュリアが思い描く「高い山」がアメリカのリングであろうことに異論の余地はない。行き先はWWEが濃厚だ。

 ジュリアは多くを語らないが、この3月でのスターダム退団は決定事項だ。ジュリアは4月にはアクションを起こす。そして遅くても年内にはWWEのリングに上がるだろう。筆者はWWEのトリプルHがジュリアを欲しがっているという話を、ずいぶん前から耳にしていた。

「日本人なんです。日本語しかしゃべれなくて、ごめんなさい。こんな顔をしているくせに」

 以前そんなことを言っていたジュリアも、本格的に英語のトレーニングを始めているようだ。きっとアメリカでも力強く生きるだろう。これまで、どんな逆境でもジュリアの心は折れなかった。

「今までも『ふざけんな』って強く生きてきた。乗り越えてきた。どんなに批判されても私は挫折するような人間じゃないから」

 WWEを追うAEWはメルセデス・モネを獲得し、トニー・カーン社長は「スターダムとのビジネスを進める」と発言したばかりだ。アメリカにおける女子プロレスラーへの待遇はいい方に大きく変わろうとしている。そんな中、ジュリアは世界に飛び出す。WWEがジュリアを獲得するなら面白い構図もできる。

 ともあれ、ジュリアと中野の最終戦は迫っている。

 何のタイトルもかけられることなく、互いに無冠であるがゆえに、「二人だけの世界」は、逆に想像を超えた試合になるのかもしれない。

文=原悦生

photograph by Essei Hara