今夏、五輪が開催されるフランス・パリで、一足先に日本人選手が躍動している。

 しかも、1人ではなく2人も。

 今季からフランスリーグのパリ・バレーでプレーする宮浦健人と甲斐優斗。数年前ならば海外リーグで日本人選手がプレーするだけでも大ごとだと構えていたのに、2人はここが異国の地だということを忘れさせてくれるほどチームに馴染んでいた。

 驚かされたのは、すでにオポジットとしてチームの主軸を担う宮浦の存在感はもとより、20歳の甲斐が放つサーブのスピードだった。

「甲斐、やばいですよ。えぐいです」

 チームにはフランスをはじめ、セルビアやアメリカといった各国の実力者が揃う。両側のコートエンドから1人ずつサーブを打つ練習で、群を抜いて速いサーブを打っていたのが甲斐だった。

「自分ではまだまだと思うけど、サーブもスパイクも高い相手に対しても少しずつ慣れてきた実感はあります。でも、やっぱりまだまだなんですけど」

 謙遜する甲斐を尻目に、成長ぶりを証言するのは宮浦だ。

「甲斐、やばいですよ。エグいです。ブロックの上からでも普通に打ちます。日本に帰って、あの高さと力強さを見たら、みんなびっくりすると思います」

 急成長を遂げる甲斐は昨季の五輪予選で日本代表選手としてプレーしたが、実はまだ専修大学に通う大学生でもある。なぜ、甲斐がフランスでプレーすることになったのか。

 2022年に初めて日本代表メンバーに登録されると、昨年の五輪予選では主にリリーフサーバーとして出場機会を得た。たちまち次世代を牽引する立場となったが、「海外に行きたい」と本人から聞いたことはなく、むしろ昨年12月に兄・孝太郎と共に出場した全日本インカレを終えた後は「やっと休みになるので年末年始は(実家がある)宮崎に帰れる」と言っていたほどだった。

 甲斐の生活が一変したのは、インカレから数週間が過ぎた12月中旬。自身はもちろん、日本代表の強化にもつながるという観点から、大学の試合がない4カ月余りの期間を使って海外チームかVリーグのチームの活動に参加したほうがいいのではないかという提案を受けた。

 当初は「言葉もできないし、自分に海外は無理だと思っていた」と話していたが、フィリップ・ブラン監督や南部正司・男子日本代表強化委員長、専修大・吉岡達仁監督の協力と賛同を得て、フランスへの挑戦が実現した。

石川祐希や高橋藍とは異なる“経路”

 中央大時代に自身が望む形で渡欧した石川祐希や、その後を追う形で日体大に籍を残しながらイタリアでプレーすることを選んだ高橋藍のケースとは少し異なる。甲斐にとっても急転直下の海外挑戦ではあったが、その選択が正しかったということはパリ・バレーでのプレーを見れば明らかだった。

 シーズン途中での加入だったことでレギュラーメンバーに入るまではいかないが、状況に応じてアウトサイドヒッターとオポジットを器用にこなす。セット終盤にはリリーフサーバーとして起用され、2月10日のモンペリエ戦では甲斐のサーブからブレイクを重ねて第2セットを奪取し、チームは勢いそのままプレーオフ争いを繰り広げる相手にストレートで勝利した。

 もともとサーブ力には定評があったが、前述の通り、スパイクの威力と迫力が増した。日本とは異なり、週に1試合が基本となる欧州リーグでは、シーズン中もウェイトトレーニングの比重が高い。その成果がパワーやスピード、打球の重さに反映されていた。ゲーム形式の練習時、甲斐のスパイクを胸のあたりで受けた選手が痛みをアピールしていたのも、決して大げさなアクションではなかった。

「どこでも生きていけるな、と(笑)」

 パワーアップした筋力はジャンプにも活かされ、身長2mを誇る甲斐の武器である高さはフランスでも威力を発揮していた。相手のブロックに当てたり空いたコースを抜くだけでなく、ブロックの上から打つシーンが増え、間違いなく攻撃の幅が広がったように思える。しかし、当の本人は、「誰が相手だろうとブロックはそんなに気にならない」らしい。

「シャット(アウト)されたとしても、すぐ切り替えられるから嫌じゃないんです。むしろ、レシーブで拾われるほうが嫌だし、“次はどうしよう”と気になる。どシャットのほうが気は楽です」

 私生活と同様にコート上でも常に飄々としていて、感情を露わにすることはほとんどない。感情表現が激しい異国の地でもそれは変わることはない。

「基本、自分は自分のまま、とにかくマイペースなので。来てみたらどこにいても、今までと変わらず生きていけるな、と実感しています(笑)」

 オフの過ごし方も一貫している。世界的大都市である“花の都”パリにいるのだから休日はエッフェル塔やオペラ座と、足をのばす場所はいくらでもある。SNSで発信するネタも尽きないように見えるが、「とにかく寝ています」と笑う。

「休みの日は昼過ぎまでゆっくりして、特にどこへ出かけるわけでもないし、練習がある日も午前中と午後の空いた時間は寝る。夜も早いと21時には寝ます」

 パリに来てから大学生として勉学も怠っていない。オンラインで授業を受けながら、2月には学年末テストもフランスで受けた。日本のテスト時間とリアルタイムでパソコンの前にカメラを設置して、解答を紙に書いたものをスマートフォンで撮影して送る形式。やろうと思えばズルもできる?と冗談交じりに投げかけると、甲斐は苦笑いする。

「実際にテストを受ける時も資料やテキスト、持ち込みOKなんですけど、問題が難しすぎてそもそも何を答えていいか、何を見れば答えがわかるかもわかりませんでした」

 いかなる状況でも動じることなく、あるがまま。それが甲斐の強みでもある。

熾烈なアウトサイドヒッター争い

 フランスにはシーズン終了まで滞在する。帰国すれば、パリ五輪に向けた厳しいメンバー争いが始まる。期待が日増しに高まる中でも、浮かれることも余分に高ぶることもなく、この数カ月の経験を武器に今やるべきことに取り組むのみ。

「(日本代表では)サーブで出ることが多いと思うので、まずはサーブを安定させること。スパイクも高さを意識しながら、レセプションも強化していきたいです」

 日本のアウトサイドヒッターは石川と髙橋に加え、五輪予選に出場した大塚達宣、富田将馬、東京五輪メンバーだった高梨健太、さらには今年2月に日本国籍を取得したデ・アルマス アラインなど錚々たる顔ぶれが揃う。伸び盛りの大器が、パリでどこまで進化を遂げるのか。甲斐を含めた熾烈なポジション争いが、世界の頂点へ向けて可能性を広げていく。

文=田中夕子

photograph by Takahisa Hirano