たとえば最近10年を振り返ってみて、今年ほど、前評判の高い「目玉選手」のいないセンバツもなかったのではないだろうか。

 一昨年の佐々木麟太郎選手(花巻東)のような話題性と実力を兼ね備えた存在はいないが、ならば選手たちのレベルが低いのか……と言われれば、むしろ「全く逆です」とお伝えしたい。

 ネームバリューが低いだけで、5年先、6年先、近未来のプロ野球界で、「期待の新鋭」としてプレーできる素質を秘めた逸材は何人もいる。

 阿南(あなん)光(ひかり)高・吉岡暖(はる)投手(3年・182cm85cm・右投右打)を初めて見たのは、昨年秋の徳島県大会の3位決定戦だ。

 すでに、夏の大会までに150キロ台をマークして話題になっていた生光学園高・川勝空人投手(3年・180cm86kg・右投右打)との対戦の日だった。

 その日のお目当ては川勝投手の方で、吉岡投手については詳しい人から「いい投手ですよ」と聞いていた程度だったから、初回のマウンドを見て正直、ウワッと思った。

長い手足を活かして腕を振り下ろす…マエケンだ!

 ピッチャーになるために生まれてきたような均整抜群の長身。伸びやかな四肢をしならせて、リリースで全身の瞬発力がパチッと弾けるように腕を振り下ろす。

 最初の1球で「前田健太だ!」と思った。

 今はメジャーリーガーとして奮投中の熱投右腕が、PL学園のエースとして、まさにセンバツ甲子園のマウンドで弾けていた頃と同じ若々しいエネルギーを感じてしまったものだ。

 しかも前の日に完投して、その翌日の朝なのを思い出して、もう一度驚いた。

 疲れはないのか。ないわけはない。なのにモーションのスタートで、左ヒザがサッと胸まで届くイキの良さ。

 完投の疲れや痛みを、表に出すまいとする心の強さなのか、仮に疲れや痛みがあっても、いったんユニフォームを着てマウンドへ上がればそうした邪魔なものを消去してしまう旺盛なアドレナリンの持ち主なのか。

 どちらにしてもプレーヤーにとっては、とても大きなアドバンテージ。頼もしいヤツが出てきたものだ。

 序盤、川勝投手が当たり前のように140キロ台を連発する一方で、吉岡投手の球速帯は130キロ台後半。時折、速球が高く抜けるあたりが前日完投の「名残り」なのか。

 それでも、三塁側のスタンドから見ていると、はっきりとバックスピンを感じるホップ成分旺盛な球質で、高めを振らせてファールや空振りを奪って、決してマイナス材料にはしていない。

 変化球は、100キロ前後の大きなカーブにカットボール、タテのスライダーのように見える勝負球は、どうやら挟んでいるようだ。速球があばれ加減の時には、変化球優先の緩急でアウトを重ねていける「実戦力」がそのまま高度なピッチングセンスだ。

 相手チームの意外な守りの破綻によって、よもやの大勝を飾ったこの日。四国大会への進出を決めて、センバツにさらに一歩近づいた。

昨秋とは激変した吉岡投手のフィジカル

 そして半年経って、この春、センバツ第2日目。

 甲子園球場に姿を現した吉岡暖投手を見て、また驚いた。

 昨年秋のスリムな線とは別人のような豊かな筋肉をまとった「背番号1」がブルペンで投げる。

 最新の大会資料には、体重「85キロ」とあるから、秋より6、7キロ増えていることになる。わずか半年間でのそれだけの増量……気になったのは、投げるフォームのボディバランスだ。

 そのフォームからして一変していた。

 軽快なリズムの全身連動で投げていたのが、この春から解禁になった「二段モーション」というやつだ。左足を小さくスッと上げてきっかけを作ると、ちょいトルネード気味にもう一度ベルトの高さほどに上げて、タメを作る。ストレートの球威アップを目指すものだ。

 タメる意識があるから、テークバックは大きめになって、そこから豪快に投げ下ろす。新しいスタイルになって、まだそれほど日が経っていないのか、時折り、リリースのタイミングが合わずに右打者の頭方向へ抜ける速球があるが、次のボールですぐ合わせてくる。

 甲子園初登板の気負いは当然。ついつい大きくなり過ぎるテークバックを、攻撃の時間に、ブルペンに行って修正している。

 大谷翔平投手の「ショートアーム」をイメージしているように見える。高橋徳監督のご指導なのか、自分で気づいてのことか、あわただしい試合中の「修正」はためらいがちになるものだが、良くなければ直す……前向きな姿勢だ。

 6回まで1安打無失点。

 アベレージ130キロ台後半でも、ねじ込んでくるような速球の威力は豊川高打線をここまで圧倒した。加えて、吉岡投手の大きなアドバンテージは、複数の変化球を当たり前のようにピッチングに盛り込んでくることだ。

「普通の投手が2カ月かかって覚える変化球を、吉岡は2週間で手の内に入れてしまう」と高橋監督が証言するように、100キロ前後のカーブにカットボール、シュートの軌道で沈むツーシームのようなボールもあって、特にこの日は、勝負所でフォークが効いていた。

 今大会注目のスラッガー、モイセエフ・ニキータ中堅手に、カーブを3球続けて速球を匂わせながら、フォークをショートバウンドさせて空振り三振にきってとったあたり、この大舞台でちょっと楽しみ過ぎじゃないか。

 7回以降の3イニングで8安打4失点は、ニュースタイルの「二段モーション」に、体がちょっと疲れてきたか。ネット裏から見ていると、胸のマークが見えるのがはっきり早くなっていて、豊川高打線がタイミングを合わせやすくなっていた。

 まだ春先、体の強さもまだ不十分で、実戦で投げるパワーも目覚めたばかりだ。中盤6回までが大きな収穫で、7回以降が今度の宿題。本人にとっても、気持ちいいぐらいわかりやすい「結果」になったのではないだろうか。

快腕から剛腕へ…注目投手の進化

 昨秋の「快腕」がどこまで腕を上げているだろうか? このセンバツの大きな楽しみだった。

 フタを開けたら、昨秋の快腕は、別人のような変化を遂げて、「剛腕」への道をたどり始めていた。

 剛腕といっても、ただひたすらパワー、パワーで押しまくるだけの「力持ち」じゃない。緩急併せ持って、その日の調子なりに投げ進められる高い実戦力を持った「勝てる剛腕」。

 このセンバツを契機に、新しいスタイルで、さらなる高みを目指し始めた阿南光高・吉岡暖投手のこの先に、幸あれ。

文=安倍昌彦

photograph by JIJI PRESS