「キン」ではなく「カン」の擬音。

 乾いた打球音に、甲子園がざわつく。

 京都国際との初戦。1回、1アウト二塁の場面で、観衆が青森山田の3番・對馬陸翔を目で追っていた。彼らの興味はセカンドフライという結果ではなく、それを木製バットで打ったことだった。

 そして、4番・原田純希のタイムリーで先制した直後に打席に立つ、5番の吉川勇大も木製バットを手にし、視線が注がれる。レフト前ヒットを放ち、スタンドがさらに沸く。その吉川は、同点の9回にもスリーベースでチャンスを作り、続く伊藤英司のサヨナラヒットを見事にお膳立てしてみせた。

 今年のセンバツから正式に採用された、いわゆる「飛ばない」とされる新基準バット。

 大会4日目と序盤ながら、各校の監督や選手は「詰まったら飛ばない」「打球が伸びない」と、こぞって苦心を口にする。

「飛ばないバット」騒動の中で登場した「木製」

 そんな話題がセンバツを席巻するなか、突如として現れた“木製バット使用者”は、異端であるように衆目の対象となった。この決断をした對馬と吉川を後押ししたのが、監督の兜森崇朗である。

「ふたりはもともと、器用なバッティングができる選手ではないので」

 兜森のにやついた表情が、わざと卑下していることを窺わせる。

 実際、すぐに目を真っすぐに据えて、木製バットを持たせたことはふたりの資質によるものだと述べた。

「彼らには、前提である『よくバットを振れる』という能力が備わっていますし、センター中心のバッティングができています。木製なのでバットが折れるというリスクはありますけど、その心配をさせないくらい、ふたりには合っていると思っています」

 監督の見立て通り、吉川は新基準のバットを「使ったことがない」と答えた。

 誰もが「なぜ?」と思う。一度も試さずに木製の使用を決断したのか、という報道陣からの問いについて、吉川が明言する。

「使っているみんなのバッティングを見て『今までより飛んでないな』と思ったんで。練習ではずっと木製を使っていましたし、芯を食うと打球が伸びることを知っていたんで、それを信じて。低反発のバットを使おうという気にはなりませんでした」

 金属バットの重量は「900グラム以上」とされているが、吉川が使用するのは木製であるため890グラムと軽い。同じ重さのバットを使用している對馬も、木にこだわる理由について自分の意志を持っている。

「木はもともと芯を食ったら飛ぶということがわかっていたし、自主練習から使っていたこともあって操作しやすかった」

「右に倣え」の慣例は本当に正しい?

 バットが変わるから全員で切り替える――。

 對馬と吉川に木製バットを使わせている理由からも窺えるように、兜森は「右に倣え」の慣例に対して常に従順というわけではない。

 わかりやすい例に髪型がある。

 青森山田は、高校野球で「長髪」というワードが躍りつつあった2017年から制限を解除している。この判断について兜森は、「あくまで学校とかと話し合って決めたことです」としながらも、「髪型自由」への持論を示す。

「『後々、当たり前になってくるだろう』とは思っていました。彼らが将来、社会に出ていくうえで、すぐに役立つことではないのかもしれませんけど、自由というものを意識させることで、少しでも通用する人材になるための準備期間という意味も込めてですかね」

 髪型然り、今回の木製バットを推奨したことも、兜森は對馬と吉川の「自由」を尊重したのだ。もちろん、その根拠もしっかり持つ。

「ふたりは前の代から主力として頑張ってくれているんですが、新チームになってから力任せで打っている印象がありまして。このままだと力が伸び切らないかもしれない、と。ですから、木製を使わせている理由も、一番は本人たちがやりやすいようにやってくれればいい、ということです」

 時代の流れに左右されない柔軟な思考。

 若者の個性を伸ばす明確な理念。

 兜森とは、新時代のマインドを常にアップデートできる指導者である。それらはすべて、勝利への執着を見据えてこそ、なのだ。

「勝利に繋がるバッティングを」…監督のブレない理念

「欲張りかもしれませんが」

 兜森はかつて、そう恐縮しつつも自分が思い描くチーム育成を語ってくれたことがある。

「監督としては勝ちにいかなかったら話にならないわけですけど、選手のやりがいを生かしつつ、強いチームを育成していきたいな、と。だからといって、監督や選手がスポットライトを浴びたいからっていうわけじゃないんです。スタッフだったり、選手の親御さんだったり、野球部を支えてくださるみなさんも、『よかったな』って思えるチームにしていかなければ意味がないわけですからね」

 この兜森の言葉を思い出したのは、吉川が報道陣から「新基準のバットに変わり、初めて木製バットを使った選手ということについてどう思うか?」と尋ねられた時だった。

 吉川が反射的に答える。

「珍しいとは思いますけど、自分としては今までと変わらず、勝利に繋がるバッティングをすることが一番だと思っているんで」

 青森山田野球部。

 監督の掲げる理念に、ブレはなし。

文=田口元義

photograph by JIJI PRESS