大谷翔平の通訳を務めてきた水原一平氏の違法賭博への関与とドジャース解雇が大きな波紋を呼んでいる。今回の事件が起きた経緯と大谷翔平への影響とは? 違法賭博に関わった過去の大リーガーの事例も紹介しつつ、論点を整理したい。<全2回の前編/後編へ>

水原氏の違法賭博を整理すると…

  笑顔で開幕を迎えた大谷翔平選手がこんなスキャンダルに巻き込まれるとは、誰が想像しただろうか。一連の問題はすでに検察による捜査のメスが入っている。

 今回の件を整理すると、連邦政府がブックメーカー(違法賭博)エージェントのマシュー・ボウヤー氏を摘発したことが発端だ。

 米国テレビ局NBCLAによると、昨年10月に当局がボウヤー氏の家宅捜索を行い、パソコンや携帯などすべての通信機器を押収し、Digital Forensics(デジタル・フォレンジックス)と呼ばれる電子情報の分析によってすでに顧客名簿、メールやテキストでの通信、振込み履歴、口座情報などの洗い出しを行った。

 その中に大谷選手名義での50万ドル(約7500万円)の振込が昨年9月、10月に履歴として残っていた。水原氏の賭博による負債のための支払いで、ESPNの取材によると送金総額は450万ドル(約6億8000万円)とも言われている。

 違法賭博というだけでも問題だが、仮に水原氏が自分のお金で、野球を除くスポーツへの違法賭博を行っていたならば、おそらく罰金、加えて大リーグ機構から1年程度の処分もしくは罰金で済んだ可能性がある。しかし支払いが大谷選手の口座から振り込まれたため、大谷選手の違法賭博への関与が疑われることになった。

ボウヤー氏の弁護士「顧客は通訳の水原氏だった」

 ボウヤー氏の弁護を担当するダイアン・バス弁護士はNBCLAテレビの取材に対して「最重要事項として、ボウヤー氏は大谷に面識はなくすべてのやりとりは水原氏と行っていた。顧客は通訳の水原氏だった」と何度も繰り返している。

 バス弁護士はワシントンポスト紙の取材に、負債が億単位になったにも関わらず、ボウヤー氏が水原氏を泳がせ続けた(賭博させ続けた)のは「大谷と近い関係にあり、親友だったからだ」と話している。

 お金を引っ張ってこられる絶好の顧客、つまりカモにされていたのだろう。

 とはいえボウヤー氏が大谷選手と無関係を主張しても、送り主の名義が大谷選手であることは変わらない事実だ。

 水原氏はESPNへの取材に対し「大谷のパソコンから大谷が送金した」と話していたが、後に「大谷は関わっていない」と発言を翻しているため真相は分からない。

 バス弁護士は刑事事件をメインにIRS(米国内国歳入庁)やFBI(連邦捜査局)に関わる事件も数多く担当しており、今回の発言には信憑性がある。

 SNSなどでは「大谷選手も賭けをしていたのでは」という声も出ていたが、ブックメーカーがすでにそれは否定しているほか、各種データ解析ですでに「無関係=シロ」と出ていると思われる。

現段階の争点とは…

 そのため現段階では(1)水原氏がどのような方法で大谷選手の口座にアクセスし送金したのか、(2)大谷選手が自身で行ったのかが争点になる。(※大リーグ機構の調査では『野球への賭博があったか否か』も加わる)

 上記に加えて大谷選手の代理人が水原氏を「巨額窃盗」で告訴しており、IRS犯罪課が水原氏とボウヤー氏の捜査を開始している。水原氏もパソコンや携帯電話などすべての通信機器が押収され、電子情報解析によってボウヤー氏や大谷選手とのやりとり、大谷選手の口座へのアクセス履歴などが明らかにされるだろう。

 また大谷選手自身が万が一、自ら送金した場合は『違法賭博には関わっておらず、あくまでも肩代わりしたこと。違法賭博と知らずに送金したこと』を立証するために、捜査に協力する必要が出てくる。

元大リーガーも過去に連邦政府の捜査対象に

 今回のように、連邦政府の調査により大リーガーやほかのスポーツ関係者の違法賭博への関与が判明したケースは過去にもある。

 アスレチックスのマイナーリーグ選手だったウェイン・ニックス氏はスポーツ・ブックメーカー(違法賭博)を始め、スポーツ選手や関係者を違法賭博に勧誘し、ビジネス拡大を図った。

 連邦政府はニックス氏の違法賭博の運営方法や顧客開拓の手口を捜査中に、元大リーガーのヤシエル・プイグ氏にたどり着いている。

 少々長くなるが、違法賭博の流れと思われる部分を紹介する。

 DOJ(米国司法省)のプレスリリースによると、プイグ氏がニック氏に誘われて違法賭博を始めたのは2019年5月。そして6月までに28万2900ドル(約4300万円)の負債を負った。

 支払いをするまでサイトへのアクセスが拒否されたため、プイグ氏は銀行で高額用のキャッシャー小切手(窓口で発行されるもの)で20万ドル(約3000万円)の支払いを実施。

 サイトへのアクセスが許可されると、2019年7月4日から2019年9月29日までの間にプイグ氏はテニス、フットボール、バスケットボールの試合にさらに899回の賭けをしている。

 最初の支払い後にさらに賭博にのめり込んでいるようにも見える。

虚偽報告で有罪判決

 水原氏はESPNの取材で短期間に大きな負債を抱えたことを話していたが、わざと負債を膨らませ、その後に口座を凍結し、支払いが確認されたらサイトへのアクセス許可を出す、という方法が一般的なようだ。

 ちなみにプイグ氏は、ニックス氏と電話やテキストで何百回とスポーツ賭博についてやりとりをしていたにも関わらず、捜査官に虚偽報告を行ったため、捜査官や検察官に虚偽の報告を行ったとして有罪判決を受け、懲役刑は免れたものの5万5000ドル(約833万円)の罰金を支払っている。

 またニックス氏や同じく違法賭博サイトの運営に関与していた3人は違法スポーツ賭博事業運営の共謀と虚偽の納税申告書提出、またマネーロンダリングなどで有罪になっている。

 プイグ氏は2019年オフにFAになった後、大リーグではチームが見つからず2022年に渡韓し、現在はメキシコでプレーをしている。

 違法賭博自体は大リーグ時代のものだが、捜査のメスが入ったのが3年後ということもあって、この件に関して大リーグ機構は声明発表や処分などは行なっていない。プイグ氏は大リーグでのプレーを希望しているが、もしそうなった場合、大リーグ機構がどのような処分を下すのか興味深い。

 ここまでは司法の部分についてだが、次回は大リーグ機構の規則を紹介したい。

<続く>

◇◇◇

*参考文献:米国司法省より:
https://www.justice.gov/usao-cdca/pr/federal-authorities-announce-charges-related-multi-million-dollar-sport-gambling
https://www.justice.gov/usao-cdca/pr/former-mlb-player-agrees-plead-guilty-felony-charge-lying-federal-agents-investigating)

文=及川彩子

photograph by AFLO