2023年度順位戦の対局が今年3月にすべて終了した。A級で優勝して名人戦の挑戦者になった豊島将之九段、B級1組からC級2組までの各クラスで昇級した棋士たちの成績やエピソードなどを、田丸昇九段が紹介する。その一方で、降級した棋士や引退が内定した棋士もいて、順位戦ならではの明暗に分かれた。また、2023年度に晴れて棋士になった4人の新四段も併せて紹介する。【棋士の肩書は当時。年齢は3月末日時点】

久々の「藤井聡−豊島」タイトル戦が名人戦で実現

【A級】

 昨年の対局日程を終えた時点で、6連勝の豊島将之九段(33)と5勝1敗の菅井竜也八段(31)が優勝候補になっていた。その両者は年明けから2連敗して優勝争いはもつれた。2月29日の最終戦では豊島と菅井が対戦し、豊島が敗れると5勝3敗の永瀬拓矢九段(31)にもプレーオフ進出の可能性が生じた。そして、豊島ー菅井戦は激闘の末に豊島が勝ち、藤井聡太名人(21=竜王・王位・王座・棋王・叡王・王将・棋聖を合わせて八冠)への挑戦者になった。

 2019年の名人戦で豊島二冠は佐藤天彦名人(36)を破って新名人に就き、20年の名人戦で渡辺明二冠(39)に敗れた。その後、20年度と22年度のA級で6勝3敗の成績を挙げたが、挑戦者争いから外れた。23年度に優勝して名人戦の舞台に登場するのは4年ぶり。最近は自分の将棋を変化させたいと思い、振り飛車をたまに用いている。

 藤井八冠と豊島九段は、過去に王位戦、叡王戦、竜王戦のタイトル戦で対戦し、いずれも藤井が制している。3年ぶりのタイトル戦の名人戦で、豊島の奮闘ぶりをまずは期待したい。注目の名人戦第1局は4月10日、11日に行われる。

A級残留争いは23時台の17分間で大きく動いた

 A級の地位は一流棋士のステータスで、在籍することに大きな価値がある。その意味で残留争いが深刻だ。最終戦を迎えた時点で、6人もの棋士が降級の瀬戸際に立たされていた。

 中でも新A級棋士の佐々木勇気八段(29)と中村太地八段(35)は、順位がともに下位なので危うかった。時系列で追っていこう。

〈23時19分〉中村八段は永瀬九段に敗れて4勝5敗で終えた時点で残留は未定だった。

〈23時20分〉佐々木八段が斎藤慎太郎八段(30)に勝って4勝5敗としたが、こちらも残留は未定で、一方の斎藤は3勝6敗で降級が決まった。

〈23時24分〉稲葉陽八段(35)が佐藤九段に勝って4勝5敗とし、順位上位で残留を決めた。佐藤は4勝5敗で、残留は未定だった。

〈23時36分〉広瀬章人九段(37)は渡辺九段に敗れ、3勝6敗で降級が決まった。渡辺は5勝4敗。

 こうして深夜23時台の17分の間に残留争いが決着した。

 2021年、22年の名人戦で渡辺に連続挑戦した斎藤と、23年の名人戦挑戦者決定戦で藤井竜王と対戦した広瀬が降級するという事態は、A級の厳しさと実力均衡を表していた。

 最終戦に勝ってA級に残留した佐々木は、「A級へ昇級したときは、名人戦挑戦を目指しましたが、9局を戦ってまだまだ遠いなと感じました」と率直に語った。最終戦で敗れてA級降級を覚悟した中村は、終局後に記者から残留を伝えられ、1分近くも沈黙して感無量だったという。A級最終戦で修羅場を体験した両者の来期の戦いぶりに注目したい。

A級に昇級したのは“藤井と縁深い”千田と増田

【B級1組】

 A級への昇級者は、9勝3敗の千田翔太・新八段(29)、同じく増田康宏・新八段(26)。

 千田八段は、2021年度は藤井竜王に勝って9勝3敗だったが、同成績順位下位で昇級を逃した。22年度のある対局では後手番なのに先手番と思い込み、初手を指して反則負けを喫した。そして23年度は最終戦の1局前に、A級昇級を5期目に決めた。終局後のインタビューには、昨年9月に結婚した中村真梨花女流四段(36)がねぎらいに駆け付け、夫婦で喜びを分かち合う珍しい光景が見られた。将棋ソフトの研究に造詣が深く、奨励会三段時代の藤井にソフトの利用を勧めた。

 増田八段は前期に続いて連続昇級した。今期は調子があまり良くなかったが、6局目に羽生善治九段に勝ったのが大きかったという。「矢倉は終わった」「詰将棋は意味ない」など、以前は直截的な物言いが話題を呼んだが、最近はメガネを外し、クリスマスにデートを楽しむなど、青年らしい一面がある。バスケット(NBA)の観戦も大好きだ。2017年に藤井四段が29連勝の最多記録を達成した対戦相手でもある。

 B級2組への降級者は、屋敷伸之九段(52)、木村一基九段(50)、横山泰明七段(43)。屋敷九段は最終戦に敗れ、B2に初めて降級した。木村九段は近年、B2降級とB1昇級を繰り返している。

叡王獲得経験のある高見らがB1昇級

【B級2組】

 B級1組への昇級者は、9勝1敗の大石直嗣七段(34)、8勝2敗の高見泰地七段(30)、同じく石井健太郎・新七段(31)。

 大石七段は2013年のNHK杯戦で羽生三冠を破り、ベスト4進出の実績を挙げた。過去6期のB2では7勝3敗が3回あり、安定した成績を挙げていた。地味だが確実に実力をつけている。

 高見七段はC2で8期も在籍した辛い時期があったが、2018年に初タイトルの叡王を獲得して羽ばたいた。B1へは3期目で昇級。対局で藤井八冠の扇子「温故知新」を用いるのは、藤井にタイトル戦でいつか挑戦したい思いがある。

 石井七段は前期に続いて連続昇級した。過去10期の順位戦ですべて勝ち越している。

 C級1組への降級者(降級点を累積2期)は、井上慶太九段(60)、飯島栄治八段(44)、畠山鎮八段(54)、中村修九段(61)、阿部隆九段(56)。井上九段はA(3期)・B1・B2に計30期、畠山八段はB1・B2に計22期、中村九段はタイトル2期にB1・B2に計41期、阿部九段はA(1期)・B1・B2に計27期と、それぞれ長期にわたってB2以上に在籍していた。

藤井にタイトル戦で挑戦・伊藤匠らがB2へと昇級

【C級1組】

 B級2組への昇級者は、10勝0敗の服部慎一郎六段(24)、9勝1敗の古賀悠聖・新六段(23)、8勝2敗の伊藤匠七段(21)。

 服部六段は前期に続いて連続昇級した。奨励会時代に対戦した藤井八冠とは、同世代の棋士として「ライバルでありたい」と思い続けている。昨年の叡王戦挑戦者決定戦では惜敗し、藤井への挑戦を逃した。

 古賀六段はフリークラス出身棋士(三段リーグで次点2回で四段昇段)として、前期順位戦のC2で初めて昇級した。そして今期も連続昇級した。

 伊藤七段は前期のC1で9連勝から最終戦で敗れ、同成績順位下位で昇級を逃した。今期は前半で2敗したが後半で連勝し、順位1位を生かして昇級した。藤井八冠には竜王戦と棋王戦で挑戦して敗退したが、3回目の挑戦の叡王戦に懸ける。

 C級2組への降級者(降級点を累積2期)は、高橋道雄九段(63)、日浦市郎八段(58)。高橋九段はタイトル獲得が王位、棋王など5期、A級在籍は通算13期という大棋士。しかし、2013年のA級最終戦で勝ち将棋を逃してB1に降級して以降は、順位戦で不成績が続いた。2022年のC1最終戦では勝てばB2復帰だったが、優勢な将棋を敗れて逃した。

現在の最年少棋士・藤本渚は1期目で昇級

【C級2組】

 C級1組への昇級者は、9勝1敗の冨田誠也・新五段(28)、同じく高田明浩・新五段(21)、同じく藤本渚・新五段(18)。

 富田五段は3期目で昇級。服部六段と組んで漫才を披露するひょうきんな一面がある。高田五段は3期目で昇級。藤井八冠とは小学生時代から交流があった。

 藤本五段は最年少棋士で1期目で昇級。名前の「渚」の由来は7月の「海の日」生まれからで、海のような広い心を持ってほしいと名付けられた。奨励会時代は例会のたびに、父親が運転する車で高松から片道6時間かけて大阪の関西将棋会館に通った。現在は一家で大阪に移住。

 フリークラスへの降級者(降級点を累積3期)は、長沼洋八段(59)、竹内雄悟五段(36)。

 最年長棋士の青野照市九段(71)もC2から降級したが、年齢規定によって2023年度で引退が内定した。現役期間は50年にわたり、A級在籍は通算11期。今年2月に通算800勝という節目の勝利を挙げた。青野はインタビューに答えて、「私はまだ引退したと思っていません。残っている棋戦の対局にしっかり取り組みます」と力強く語った。

 2023年度順位戦の各クラスの昇級者と降級者は、総じて「若強高弱」の傾向となった。前者の約7割が20代・10代、後者の約7割が50代・60代・70代だった。

新四段の奨励会在籍期間の平均は「11.5年」

 最後に、2023年度に晴れて棋士になった4人の新四段を紹介する。

◆宮嶋健太・新四段(24)
 岐阜県出身。2011年に大野八一雄七段の門下で奨励会に入会。三段リーグは8期。※2023年10月1日付で昇段。

◆上野裕寿・新四段(20)
 兵庫県出身。2015年に井上慶太九段の門下で奨励会に入会。三段リーグは10期。※同上で昇段。

◆山川泰熙 ・新四段(25)
 宮城県出身。2010年に広瀬章人九段の門下で奨励会に入会。三段リーグは13期。※2024年4月1日付で昇段。

◆高橋佑二郎・新四段(24)
 千葉県出身。2011年に加瀬純一七段の門下で奨励会に入会。三段リーグは7期。※同上で昇段。

 4人の新四段の奨励会在籍期間の平均は11.5年。三段リーグの平均は9.5期。長年の苦労が実って棋士になった。その一方で23年度後期の三段リーグ(計45人)には、山下数毅三段(15)をはじめに10代の三段が12人もいる。藤井八冠を追う若い勢力として、早く台頭してほしいものだ。

文=田丸昇

photograph by Asahi Shimbun