ニューヨーク・タイムズ紙などに執筆する米国のベテラン野球ジャーナリスト、スコット・ミラー氏。メジャーを深く知る同氏が語る「大谷翔平の今」。まさかの通訳スキャンダル、エンゼルスからドジャースへの環境変化、アメリカにおける大谷への本当の注目度まで……本音を語った。〈全2回の2回目〉

 ドジャースには2018年ア・リーグMVPのムーキー・ベッツ内野手、2020年ナ・リーグMVPのフレディ・フリーマン内野手といったメジャートップクラスの選手が揃い、今季は12年連続のポストシーズン進出も確実視されている強豪。強いチームでプレーすることは大谷にどんな影響を与えるのか。

「恐ろしいほど大きな違い」ドジャースの環境

「上位打線は1番ベッツ、2番オオタニ、3番フリーマンというMVPトリオが並ぶ。フリーマンの前を打つということは、他のどの選手の前を打つよりも打ちやすい球がくると思う。フリーマンの素晴らしいところは、打者として驚異的なほど万能という点だ。パワーがあるだけでなく野手の間を抜く長打も打てるし、2年前にはリーグトップの安打数、二塁打を記録した。通算出塁率は.388で、打者としてのIQが高く、バットコントロールがずば抜けている。相手ピッチャーは、これだけの打者が後ろに控えている状況で、オオタニに対して際どいコースばかり投げて、もし歩かせでもしたら自分の首を絞めることになる。オオタニにとっては、かなりやりやすくなる」

 エンゼルス時代は大谷とMVPに3度輝いたマイク・トラウト外野手のコンビで打線を引っ張ったが、大谷が所属した6年間はすべて地区5球団中3位以下、うち5度が4位に低迷。常勝ドジャースとはまさに対照的だ。

「ドジャースとエンゼルスは、同じカリフォルニア州のロサンゼルスで、車で30〜40分の距離にある近所同士だが、恐ろしいほど大きな違いがある。ドジャースはMLBの中でもトップクラスの輝かしいブランド価値を持った球団。その一方でエンゼルスは“おまけ”みたいな立ち位置だ。ドジャースの経営陣は当然のように毎シーズン優勝を目指す球団、エンゼルスはアート・モレノというケチなオーナーがいて勝つためのチームの作り方も知らなければ勝つことを何よりも重視しているというわけでもない。エンゼルスは2014年を最後にポストシーズンに進出していない弱いチームだが、そうなるべくしてなったとしか言いようがない。そんな球団からドジャースに移ったということは大変な環境の変化だ」

大物ズラリ「MVP競うライバル」

 圧倒的な資金力と優秀なフロントで固められたドジャース。大谷にとってはプラスになることばかりだが、エンゼルスが所属するア・リーグからナ・リーグに移籍する影響もあるのか。

「ナ・リーグにはスター選手が揃いライバルも多いが、オオタニはその中でMVP争いに加わる力を持っていると思う。ただ今季は投打の二刀流ではなくほぼ指名打者としての出場になるため、他のトップクラスの打者で守備も一流という選手の方が有利かもしれない。ブレーブスのロナルド・アクーニャ外野手は昨季、41本塁打を放ち73盗塁をマークしてナ・リーグMVPに輝いたが、今季もケガなくシーズンを通してプレーすればMVPの最有力候補になるだろう。オオタニの新たなチームメートであるベッツ、フリーマン両内野手も昨季、MVP選出で2位と3位の票を得ているし、今季も候補だと思う。打者に専念するオオタニがこうした強力なライバルを抑えて賞を勝ち取るためには、本塁打、OPS、打率、打点などの数字が圧倒的でなければならない。もちろん、彼ならそれをやってのけることは可能だと思う。

「西海岸のファンは東海岸より我慢強い」

 ロサンゼルスのファンの期待も大きいだろう。ただ今回のスキャンダルがパフォーマンスに影響する懸念はある。スキャンダルに関して今後出てくる情報によって、オオタニが野球にさらに集中できなくなるような状況に陥る可能性もあるかもしれない。このスキャンダルは今シーズン中、いつ爆発するかわからない爆弾のように居座り続けるだろう。

 もし彼の成績が目立って落ちるようなことになれば、ドジャースにとっても野球界にとっても辛いことだ。西海岸のファンは東海岸より我慢強いし、その中でもドジャースファンは特に我慢強いので、オオタニがよっぽどひどい状態でなければ地元ファンからブーイングを浴びることはないと思う。ただ、オオタニにかかるプレッシャーは相当きついものになることは事実。少しでも打撃成績が落ちれば、多くの人々がフィールド外のスキャンダルと結びつけて考えるだろう。彼はメジャーでのここまでの6年間、精神的な強さを示してきた。その強さでこの状況を乗り越えパフォーマンスを維持できるかは、非常に注目される点だ」

全試合満席も…スゴい注目度

 大谷がドジャースに入団したことによる球団への影響はどうか。今季のドジャースタジアムのチケットの売り上げはこれまでと比較し順調に伸びており、チケット2次市場での価格も高騰していると伝えられている。

「ドジャース入りしてからオオタニの注目度はさらに上がったが、それは彼自身の魅力とドジャース自体の魅力、両方の相乗効果があると思う。彼がメジャーでデビューした当初は、本当に投打の二刀流なんてできるのかという懐疑的な見方が優勢だったが、球界にセンセーションを巻き起こすオールラウンドの選手だということをメジャーで証明してみせた。米国ファンは今、彼が特別な選手だととらえている。オオタニという選手のすごさに加えて7億ドルという巨額契約によって箔もついた。注目度の大きさは計り知れない。

 そんな選手がドジャースというトップクラスの人気を誇るチームに移籍したのだから、相乗効果は絶大だ。コロナ禍による短縮シーズンだった2020年を除くと1989年以降達成していないワールドシリーズ制覇を果たすチャンス。収容人員5万6000人を誇るメジャーで最も巨大な球場ドジャースタジアムをシーズン毎試合ほぼ満員にする可能性も高まった。

「野球界で異例」本当のブランド力

『ドジャースのオオタニ』というブランド力は驚異的なもの。その影響力、マーケティング価値という点でも唯一無二の存在になった。MLBで彼に匹敵する選手は誰もいない。世界で匹敵するアスリートを挙げるとすればサッカーのリオネル・メッシ(インテル・マイアミCF)や、たぶんNBAのレブロン・ジェームズかなと思う。五輪選手なら女子体操選手のシモーネ・バイルズや女子サッカー選手のアレックス・モーガンも米国内ではかなり影響力のあるアスリートだが、世界的にどうかというとオオタニにはかなわない。野球界ならなおさらで、オオタニの元同僚でメジャーのトップスターの一人だったエンゼルスのマイク・トラウトでさえ、都市の大通りを歩いていても誰も気づかない。米国での野球選手の知名度というのはそんなもの。そんな中でオオタニがここまで影響力を持つ存在になったというのは、驚くべきことだと思う。

 ドジャースとヤンキースは、所属するだけで注目度が一気に上がる球団。オオタニのドジャース入りが決まった瞬間、MLB機構の幹部は大喜びしたのは間違いない。だがスキャンダルが起こると、マイナスの影響もその分すごくなる。今回のスキャンダルは、彼のブランド価値にもやはり影響があるだろう」

 波乱の中の新天地でのシーズンスタート。米国開幕前日の3月27日付のロサンゼルス・タイムズ電子版では、大物コラムニストのビル・プラシュキー氏が「ショウヘイ・オオタニを完璧に信じられるとは、今はまだ言えない」とする記事を掲載した。スキャンダルの話題が消えないまま、多くの目が大谷に集まっている。

文=水次祥子

photograph by Nanae Suzuki