今永昇太はメジャー1年生でありながら“極上の春”を過ごした。日本時代から『投げる哲学者』のニックネームを持つが、彼は初めての米国で、日本とは違う野球文化に適応しなければならない中で、メジャーリーグの投手としての自分の現在地を、常に俯瞰から客観的に捉えていた。適応に追われ、アジャストに必死となってしまうのが1年生の春。それなのに彼は冷静に自己分析し、現在地を理解した。そこに凄みを感じた。

「自分を客観的に見なければ、適切な目標設定はできないと思う。自分の現在地をしっかりと理解した上で、目標を立てるのがいいんじゃないかなと」

 メジャーとのオープン戦は4試合に先発した。12回2/3を投げ、25三振。奪三振率は驚異の17.76にも及び、マイナーリーガー相手の練習試合では打者22人から13三振も奪った。

 言うまでもなく投球とはチームを勝利に導くためのものであり、奪三振ショーを展開するためのものではない。だが、奪三振は打者を圧倒する指標のひとつ。打球がインフィールドに飛ばない事実はそれだけ勝利にも近づくことになる。

150キロで築く“三振の山”

 今永の投げる直球の最速はこの春、95マイル(約153キロ)だった。だが、その数値をマークしたのは記者の残した記録ではたった1球。アベレージは93マイル(約150キロ)程度。メジャーではごく平凡な球速で奪三振の山を築く。ここに今永昇太という投手の特徴、長所が表れている。

 初登板となった3月2日のドジャース戦。2回1/3でチェンジアップ、スライダーを駆使し5三振を奪ったが、93マイルの直球をマイナーリーガーに3点本塁打にされた。この時点で彼はまだ自分の投げる直球に違和感を覚えていた。

「もっと力を抜いて楽にファール、カウントがとれれば、自分としても余裕を持って1球1球投げられるので、今は全力ですべてを出しにいっているという感覚ではある。こちらの平均球速は速いので、僕が生き残るためにはその人たちを上回ろうとするのでなく、どこか異ならなければいけないので、リラックスしたフォームから急にボールが出てくるとか、なんかタイミングが合わないとか、そういったところで勝負しないと生き残れない。もっとリラックスして力を抜いて93、94マイルが出るような、そんなメカニズムで投げられたらいいなと思っています」

今永が語る、理想のストレート

 言葉通り、今永特有のホップ成分の高い直球はまだ影を潜めていた。力を込めて一生懸命に投げている。ボールを弾く、しなやかな彼らしいリリースはなかった。この後、自分本来の直球を取り戻すことをテーマに練習に励むのだが、彼は日本時代の技術、イメージは追い求めなかった。ボールもマウンドも気候も、すべてが異なる米国の新たな環境での“似て非なる”新たなる技術を模索した。

 その過程で追い求める直球についてこんな表現をした。

「空振りを取っているボールというか、詰まらせたりファウルを取っているボールというのは、ボールを放出しているというか、遠心力の中でボールを離してしまったという感覚。投げちゃったという真っすぐが一番いいので。その真っすぐをコンスタントに出せれば、ファウルも取れるし空振りも取れる」

 独特の感覚論、そして表現力。投げる哲学者と呼ばれる理由も理解度が増していった。

「藤川(球児)さんの体験談をお聞きして…」

 追い求める米国版直球が体現できるようになったのは14日のアスレチックス戦だった。4回1/3を投げ9三振、無四球、無失点。奪三振はすべてが空振り。米国での最速95マイルをマークしたのもこの試合。彼は自身で掴んだ感覚を言葉にした。

「体重移動とかグローブの使い方とか右足の着地だとか、そういったところがうまくハマり出してきたなという感じですね。真っ直ぐでしっかり差し込んでいかないと変化球を見切られたりとか、バッターが真っ直ぐを狙ってポイントを前にしてくれるんで、少々ボール気味のチェンジアップを振ってくれたりとか、高めを振ってくれたりするんで、やはり相手のポイントをいかに前に出すか、それが僕の生命線になるのかなと思っています。そういう点では有効的な真っ直ぐであったと思います」

 今永がステップアップを踏んでいく過程でカブスOB・藤川球児さんからのアドバイスがあったという。高めに伸びる直球が代名詞であるのはともに同じだ。

「日本の時に出してたしなりというか、柔らかさというか、そういったものがなかなか出なかったという藤川さんの体験談をお聞きして、それを出そうとすると故障にもつながったっていうお話を聞いた。僕もそこは無理に日本の時のボールを目指そうとするのではなくて、今の自分の体で出せるいいボールを投げればいいんじゃないかなっていう、そういうふうな答えになった」

心の支えになった「ダルビッシュからのアドバイス」

 頼りになる先輩からの言葉に勇気をもらった。そして、もうひとりの先輩から受けたアドバイスは心の支えになったという。

「WBCの時にダルビッシュさんが、周りも球が速い、すごい打者がたくさんいる、初めは本当に圧倒されるかもしれないけど、でもその環境に身を置いたら、脳というのは自分に日頃から抑制をかけているので、そういう抑制というのが、1個リミッターが外れたりとか、来るよって。人間はそういうもんだよ、という話をして頂いて、僕はその言葉を信じて、ここまでずっと調整してきている。自分の知らない力をしっかりと自分の力にできるように、その言葉を信じてやっています」

 冷静な自己分析能力、高い適応力と技術、加えて先輩たちから受けた心優しき助言。今永昇太は4月1日(日本時間2日)、本拠地ロッキーズ戦でいよいよメジャーデビューを迎える。「Hey Chicago!」地元ファンの期待に応える快刀乱麻のピッチングを楽しみに待ちたい。

文=笹田幸嗣

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