今年2月、高校野球界のトップ選手であった花巻東高の佐々木麟太郎選手が、アメリカ・スタンフォード大への進学を表明。日本のプロ野球界からも注目を集めていた逸材の異例の決断は、大きな話題となった。では、世界大学ランキングの上位常連で、日本でも超名門としてしられる同校に佐々木選手が進むことができたのはなぜなのか。また、そこでの生活とはどんなものなのか。スタンフォード大アメリカンフットボール部で17年間コーチを務める河田剛氏に聞いた。《全2回の1回目「入試編」/後編「学生生活編」を読む》

 この2月、花巻東高の佐々木麟太郎選手のスタンフォード大学進学が日本でも話題になりました。

 スタンフォード大は1学年1600人程度と、実は知名度のわりに定員は決して多くありません。ただ、その定員に対して全世界から5万人以上の応募があります。合格率は3%程度と言われており、その間口の狭さが難関と言われる所以なのかもしれません。

 1600人のうち、佐々木選手のようないわゆる「スチューデントアスリート」は11%〜13%と言われています。オリンピックで活躍するような選手が所属する強化クラブが36あり、この数は全米でもぶっちぎりで1位です。

 一方で、私がスタンフォード大のアメリカンフットボールにスタッフとして携わるようになって今年で17年になりますが、そういった強化クラブに参加するレベルのアスリートでスタンフォードに入学してきた日本人は佐々木選手が初めてだと思います。

超名門・スタンフォード大に入学できたワケは…?

 ではなぜ今回、佐々木選手はスタンフォードに入学できたのでしょうか。佐々木選手が、フィールドでも教室でも好成績を残したことがもちろん一番の理由ではありますが、次に大きかったのは近年の入試制度の変化です。

 もともとアメリカには日本の大学で行われるような志願者全員が同じ会場で一斉に受ける「筆記試験」にあたるものは存在しません。

 では、どのように選抜しているのかというと、アプリケーション(application)と呼ばれる書類をひたすらadmissions Office(日本で言う入試課)に所属する職員が読み込むのです。端的に言えば、書類審査のみということになります。

コロナ禍の影響もあり、語学テストのスコアが不要に

 前述のようにスタンフォードのケースでは、5万人以上の応募から1600人を選ぶというとんでもない労力の審査作業が発生します。出願者1人ひとりの成績や、高校での評価、地域でのボランティア活動など、幾つかのポイントをもとに評価していくわけです。

 そして数年前までスタンフォードを含めアメリカの大学の多くはこのアプリケーションに当たって、共通学力テストであるSATやACTのスコアや、留学生にはTOEFLなどの語学力のスコアが必要でした。

 ただ、近年はテストの際に貧富の差が大きく影響することなどを理由に、そもそもスコア提出が必要ない大学も増えていました。そこにコロナ禍が起き、その傾向に拍車がかかりました。スタンフォードでも2021年からこういったスコア提出が不要になったのです。結果的に現在は推薦状と小論文、課外活動での成績といった書類のみでの勝負になりました。

 これは端的に言えば「普通の秀才は要らない」という大学側の思惑でもあります。

 ペーパーテストのスコアが秀でているだけでなく、例えば数学オリンピックで評価を受けるような一芸や、数か国語が喋れるという国際性、他にも親族に大卒者がいない環境にも関わらず好成績を残した等々、尖った実績をもった学生を確保したいと考えているわけです。

 その中に「アスリートとしての実績」というものも含まれます。もちろんGPA(日本で言えば評定平均にあたる)と言われる高校時代の成績を4点満点で評価したスコアが満点近いことは大前提ですし、英語能力は「もはや当然」と考えられている節はあるのですが、そもそもテストを受けるためのハードルが高かった日本人アスリートにとってはプラスに働いたことは間違いありません。


 誤解しないでほしいのが、もちろんこれは「簡単に入学できるようになった」ということではありません。あくまで佐々木選手の学業面、人間面での総合的な評価が高かったことと、入試制度の変化が上手くかみ合ったということだと思います。

 私もフットボール部のリクルーティング業務を通じて、アスリートとして高い能力を持ち、チームに欲しいと思った高校生が入試課の選考によって合格できなかったケースは数えきれないほど見てきました。

 どんなに優秀なフットボール選手を見つけたとしても、高校のGPAが届かなそうな選手は声をかけても無駄足に終わってしまいます。そういったハードルは難関校ならではだと思います。

 ただ、こうして佐々木選手が合格したことによって、日本の他競技のトップアスリートたちの選択肢にスタンフォード大が入るようにもなったと思います。その意味では、今後日本のアスリートの入学者が増える可能性も十分、あると思います。

あくまで勉強優先…練習時間は厳しく規定が

 ちなみにアメリカのカレッジスポーツは競技を問わずそれを統括するNCAAという組織にかなり厳しく監督されています。日本では考えられないような厳格なルールが存在しますが、その考え方のベースになっているのは「学生の本分は勉強」というシンプルな理由です。

 競技ごとに違いはありますが、我々アメフト部を一例に挙げれば、下記のようなルールが存在します。

◆シーズンは8月から11月の4カ月のみ。それ以外はオフシーズン。
◆オフシーズンは、技術練習はもちろん、選手とコーチのミーティングも禁止。
◆シーズン中の活動時間も(試合の時間を含めて)週に20時間までに制限。
◆評定平均2.3(4.0満点)を満たさない場合、競技を続けられない。また、一定の単位数を下回った場合も、練習、試合に参加できなくなる。

 いかがでしょうか。これはあくまで一部に過ぎませんが、いかに勉強へのウエイトが大きいかが分かると思います。だからこそスチューデントアスリートは一般の学生から尊敬されるし、チームのファンも増えるのだと思います。

 裏を返せば、野球部で戦うことになる佐々木選手に関しても、当然、入学してから授業と部活動を両立させる難易度は相当に高いと思います。

 では、実際にスタンフォードの運動部の学生生活とはどんなものなのでしょうか。

<後編「学生生活編」につづく>

文=河田剛

photograph by (L)Tsuyoshi Kawata、(R)JIJI PRESS