大谷翔平が日本人最多となるメジャー通算176号ホームランを放った。松井秀喜氏を超える偉大な記録を樹立した中で、キャッチしたファンや金額などが話題になる「ホームランボール」について、メモラビリアに明るいAki氏があらためてそのシステムを説明する。

「ホームランボールをキャッチしたい!」

 野球観戦が好きなファンの方であれば誰もが一度は憧れる瞬間だろう。

 ホームランボールは〈基本的にキャッチしたファンのもの〉という考え方は、日米で共通である。かくいう筆者も一度だけホームランボールをゲットしたことがあり、今も大切に自宅に飾っている。

 そんな「ホームランボール」を巡って――大谷翔平の周辺が騒がしい。

 大谷のドジャース第1号は返却騒動、第2号はカブスファン投げ返し、そして日本人最多本塁打用の刻印球について相手監督からのクレーム、といった具合である。スーパースターの宿命なのかもしれないが、色々と誤解を生んでいる点もあるので記しておきたい。

第1号ボールの対価としてバットは誠意あるものと感じたが

 まず、大谷の移籍後第1号となったホームランボールについて。

 前述通りホームランボールはキャッチしたファンのものになるが、選手が記念として手元に残したい場合は、球団スタッフを通して交渉を行うことになる。大谷のケースでは可能なら、と交換条件としてサイン入りバット、ボール、帽子を提示して球団に交渉を頼んだようだ。

 ただ交渉をしたセキュリティスタッフの対応・態度がまずかったのだろう。中継でもまるで犯罪者のように取り囲み、同伴者の同席も認めないままひとりで裏へ連れていかれる様子が映し出されていた。

 また、返却を認めなければホームランボールへのMLB認証――その詳細は3年前の記事を参照してほしい――を認めないという圧力もあったようだ。とはいえホームランボールへのホログラム貼付は、すり替え懸念の観点からも行っていないはずで、この部分の真偽は不明なのだが。

 当初、一部メディアではホームランボールの価格は「専門家の見立てでは合計5000ドル(約75万円)ほど」と報じられた。一方でバットだけでも軽く数百万円(Chandler製で写真を見る限り使用感も確認できたので、大谷が使用したものと思われる)を超えると見立てており、それに加えてサインボールやサイン入りキャップもつくゆえ、対価としては十分誠意あるものと感じた。

ファンは豪華グッズ受け取り+大谷と会えて大感激

 今回の事態で問題があったのは、球団の初動対応だと見ている。

 後に球場へファンと家族を招待することで、この件は和解となった。ただ最初にセキュリティがキャッチした女性を笑顔で祝福する、もしくは試合後すぐに大谷と直接会う機会を設ける(おそらく大谷もそれを希望したと思うが、球団が気を遣い過ぎたのかもしれない)などの誠意を見せれば、ここまでの騒動にもならなかっただろう。

 なおファンが招待された当日、「今までで最高の誕生日!」と大谷と最高の笑顔で写真に収まる様子がドジャースの公式SNSにアップされた。直接会っての「ありがとう」を超えるプレゼントはないという証明でもあった。

 このファンは招待の際にサイン入りのバット、ボール、キャップをプレゼントされた。つまり合計するとサイン入りバット2本、サイン入りボール2球、サイン入りキャップ4個を受け取ることになった。ボールについては大手鑑定会社PSAの鑑定を済ませているそうで、その価値は10万ドル(約1545万円)を超えるとも言われている。〈ゴネ得〉のようにも思えるが、球団が初動に問題があったと認めた結果であり、大谷も快く応じたのだと思う。

 なおこの後、球団は「今後のホームランボールに関するプロセスを考え直す」と発表している。

相手監督がイチャモンをつけた「刻印球」とは

 ホームランボールの一件が落ち着いたタイミングで、次に起きたのが〈刻印球問題〉だった。

 パドレス戦、ダルビッシュ有との対決時に話題になったが――ワンデイ・ペラルタ投手やシュルト監督と、その試合の球審との間で問題が起きた。

 ペラルタがマウンドで準備を始めると、球審がボールを変更。不満な表情を浮かべつつもペラルタは了承した直後、大谷は初球を捉えてヒットを放った。シュルト監督は試合後に「大谷のためにボールを記念にとっておきたいのは私は理解したが、公平性を求めた」と話した。この報道に対して「何で大谷だけ特別なんだ?」というコメントを至るところで見かけた。

 たしかに大谷が174号を打った以降の打席では、ボールを取り換えて使用されていた。ボール上部に「S」、下には「数字」が入る刻印球で、中には違和感を感じる投手もいただろう。

“ボールすり替え”を防ぐための対策

 ただこれは当然、大谷がリクエストしたわけではなく、MLB機構が準備したものである。

 何らかの記録――例えば3000本安打や500号ホームランなど――がかかった選手の打席で刻印入りの公式球が使用される。この目的はスタンドに入った際にボールを識別するため。パドレス戦でもマチャドのホームランボールを手にしたドジャースファンが〈すり替えた手持ちのボールをスタンドから投げ返す〉というユーモラスな場面があったが、記念球においてこのような事態が起こっても、判別できるようにするためである。

 過去のケースで言えば、デレク・ジーター氏とイチロー氏の3000安打ではそれぞれのイニシャルである「J」と「I」、そして数字の刻印が入れられ、実際にイチロー氏は「I/8」のボールで達成している。

 大谷の175号は「S/1」のボールとなったが、ボールは複数存在し、番号順ではなくランダムに使用される。そして同じ刻印は1球しか存在しない。刻印以外にもブラックライトのようなもので当てれば見られる〈独特のマーク〉が存在するそうだが、この特定の液体と光は秘密事項となっており、容易に偽造できない仕組みとなっている。

 あらためて強調しておきたいのは、大谷の175号、176号用の刻印球はMLB機構が準備したものである。175号の「S/1」はキャッチしたファンが大切に保有する、とのことで、大谷自身も返却を求めていない。MLB側は〈記録が掛かった試合での刻印球の使用は当然〉と捉えていたと推測するが、今後は試合毎にしっかりと相手チーム監督・選手に周知していくべきだろう。

交渉が順調に進めば176号は“野球の殿堂博物館”に…

 そして日本時間4月22日の朝5時50分に、大谷は176号ホームランを放った。週初めの月曜早朝ということでリアルタイムで見られたファンも少ないかもしれない(実際、筆者も歴史的瞬間に40分遅刻してしまった……)。

 キャッチしたファンはメジャー初観戦の方だったようだ。刻印球は名前の頭文字と異なる「E/6」、175号でSを使用したので「SHOHEI」の頭文字をランダムで使用した形だろうか。そしてこのファンは一旦ボールをキープして後日、球団と交渉にあたるとの報道がなされている。

 今後、この歴史的なホームランボールの行方はどうなるのか。

 おそらくであるが――球団とキャッチした方の交渉がスムーズに進めば、クーパーズタウンに向かうことになる(我々もそこで目にできることになるだろう)。

 大谷は今までのメモラビリアを米国野球殿堂博物館に寄贈しており、野球史を大切にする彼ならではの行動だ。記録を更新された立場の松井秀喜氏も「彼には通過点」と言っていたが、このあとこの記録がどこまで伸びるのか楽しみにしている。

 ちなみにベーブ・ルースがメジャーのキャリア725試合目の時点で176本のホームランだったそうで、大谷もこの試合が725試合目だということ。この偶然の一致には震えるばかりである。

0.005%以下であろう“キャッチ確率”だからこそ

 ドジャースタジアムの外野座席数が5000席、大谷のホームランが約4試合に1本に出るペースと仮定すると――キャッチできる確率は2万分の1、確率にして0.005%である。

 さらに座席以外に落下もしくはスタンドに跳ね返ることもあるゆえ、これよりも確率は下がるだろう。そして運良くホームランボールが座席近くに飛んできたとしても、アメリカの屈強なファン達が命懸けで飛び込んで来るかもしれない。

 それでもやっぱり一度は、大谷のホームランボールをキャッチしたいところだが。

文=Aki

photograph by USA TODAY Sports/REUTERS/AFLO