女子プロレスラー・林下詩美はかつて“ビッグダディの三女”として知られていた。何か久しぶりに思い出した気がする。

 2018年8月のデビューは鳴物入り。しかしすぐに“話題先行”ではなくなった。同年9月にシングルリーグ戦準優勝。タッグリーグ戦では優勝すると、11月にタッグベルトを巻いた。キャリアわずか3カ月での快挙だった。

 その後も次々とタイトルを獲得し、2020年には団体の頂点、“赤いベルト”ワールド・オブ・スターダム王者に。それも“アイコン”岩谷麻優を下しての戴冠だった。

 赤いベルトを1年あまり保持し、2021年に東京スポーツ認定の女子プロレス大賞を受賞した。ここまでくるとトップ中のトップ。生まれ育ちはあくまで“背景”だ。本人の実力、実績、魅力ですべてを物語る存在になっていた。

 ただ見方を変えれば、出世が凄まじく早かった。赤いベルトを“落とした”時点で23歳。といって単なる“若手”に戻るわけにもいかない。目標を探すのが難しかったのではないか。このところの林下はユニットQueen's Quest(QQ)のリーダーとして、周りのため後輩の育成のために動く姿が印象的だった。

 だから、3月いっぱいで退団するという発表があった時もさほど驚かなかった。以前から離脱者、新団体設立の噂はあったし、とりわけ林下には新しい環境が必要に思えた。

最後に望んだ“黄金世代対決”

 スターダムでの最後の試合は4月12日の後楽園ホール大会。同じく退団したジュリアとともに、すでに契約が切れている中での参戦だった。3月後半は東京での大会がなかったこともあり“お別れ”の舞台を作ろうということだろう。

 林下は上谷沙弥と組み、舞華&飯田沙耶と対戦。林下と上谷はタッグ王座を2度戴冠、舞華は赤いベルト、飯田はNew Bloodタッグの現チャンピオンである。昨年引退したひめかも含め、デビュー年が近い彼女たちはスターダムの“黄金世代”と呼ばれる。

 スターダムでの最後の試合に“黄金世代対決”を望んだのは、林下自身だった。試合前日に開催された上谷とのファンイベントで、その心境を語っている。

「これからのスターダムを担う黄金世代と試合をして終わりたかった。今のスターダムでの最高の試合を見せたいです」

 試合を見ながらあらためて思ったのは、林下にとって黄金世代の選手たちがどれだけ大きな存在だったかということだ。

 デビュー当時から注目され、結果を出し、ベルトを巻けば団体を代表する立場にもなる。しかしキャリアとしてはまだ新人でしかなかった。プレッシャーは相当なものだったはずだ。だからこそ、近い世代の仲間、ライバルがいることが重要だった。

「デビューした時から先輩たちと比べられてきたので。結果を出してもキャリアが浅くて足りないものがありました。そういう中で、近い世代で頑張ってるみんながいるから私も頑張ることができた」

最後のスリーカウント…林下は涙をこらえた

 それぞれの個性をぶつけ合うような試合で勝者となったのは、黄金世代の中で出遅れた感のある飯田だった。周りと比べると身長が低く、ケガによる長期欠場もあった。そんな飯田の勝利。しかもスリーカウントを取った相手は林下だった。飯田と林下はスターダム生え抜きの同期である。

 フィニッシュとなった技は変形キン肉バスター。技名は「達者でな!」という。団体を離れた先輩レスラーへのメッセージを込めた技だったが、それが今回は同期への餞になった。

「飯田、たった2人の、私たち2人だけのスターダム10期生。お前は本当の同期だから」

 林下の言葉からも関係性が分かる。試合後の飯田は、こんな言葉を残した。

「(スターダムに)入って初っ端、詩美はもうてっぺん行ってさ。超悔しかった気持ちもあるし。でも自分だって黄金世代として食らいついてきて、今日、詩美からスリー取って。今度はシングルでお前の前に立ってスリー取って、差がない同期、ライバルとして見られる存在になるよ」

 聞きながら涙をこらえる林下。あらためて話を聞くと、飯田に負けたことへの気持ちも語ってくれた。

「飯田は他の黄金世代と比べたらまだ実績は残せてないけど、私に全然勝てる実力を持った人なので。今日はタッグ(での勝利)だったけど、シングルでもそうだと思ってます。

 だから今日の結果は不思議なものじゃないですね。ずっと飯田が活躍する姿が見たかったんです。私が相手だけど、最後にそれが見れました」

マリーゴールドで始まる「自分のための挑戦」

 タッグマッチが終わると、今度はタッグパートナーの上谷が林下に対戦を求めた。今ここでやりたいと。決まったのは5分間のシングルマッチ。やはり組むだけでなく闘って気持ちを確かめ合いたかった。それがプロレスラーというものなのだろう。

 前日のファンイベントでは、林下も上谷も「次にリングで会う時はシングルマッチで」と声を揃えた。上谷としては“次”が待ち切れなかったのかもしれない。あっという間の時間切れ。林下は“黄金世代”を味わい尽くしてスターダムを去った。

「今日は今のスターダムだけでなくこれからのスターダムを感じたかったし、みなさんにも見てほしかった。黄金世代のみんなが、これからのスターダムをどんどん大きくしてくれると思います」

 これからはスターダム所属ではない、QQのリーダーでもない林下詩美が始まる。

「自分のための挑戦ですね。それでまた成長できると思います。みなさんにも見守ってほしい。新しい気持ちでプロレスができる。楽しみが凄く大きいです」

 スターダム最終試合の3日後、林下やジュリアが所属する新団体「マリーゴールド」の旗揚げが発表された。「新しい挑戦、新しい林下詩美をお見せできたら」と記者会見での林下。スターダムでやり切ったからこその、力強い言葉だった。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara