韓国プロ野球では今シーズンから大きく変貌したことがある。AIによる審判を、一軍戦で本格導入した。韓国では二軍の試合で2020年から試験的に運用してきた実績があり、米マイナーリーグなどでも導入されているが、メジャー(一軍)でとなると世界の主要リーグの先駆けといえる。

「ロボット審判」の仕組み

 このシステムを「ロボット審判」とも表現するが、実際にロボットが立っているわけではなく、センター、一・三塁に設置されたカメラによる「自動ボール判定システム」(ABS)がジャッジする。その結果は信号によってイヤホンを装着している球審と三塁塁審に伝えられ、球審がコールする。つまり、球審は伝達係兼ホームの塁審ということになる。

 ところが、この伝達が大きな問題を引き起こした。4月14日のNC対サムスン戦で、AIは「ストライク」と判定したにもかかわらず、球審は誤って「ボール」とコールしてしまった。その場ではチェックすべき三塁塁審も気づかず、試合はいったん進行。すぐにカウントの間違いに気づいたNC側は、当然抗議した。問題はここからだ。

大炎上した“口裏合わせ”

 韓国国内の報道によると協議した審判団は、過ちに気づきながらもなかったことにして押し通そうとした。さらにその口裏合わせは中継に抜かれてしまい、瞬く間に大炎上。システムではなくヒューマンエラーである。そのミスをウソで覆い隠そうとした。事態を重く見た韓国野球委員会(KBO)は、主審(チーフ)を解雇、球審と三塁塁審にも懲戒処分を科した。

 そんな騒動とAI審判の功罪を語ってくれたのが、中日ドラゴンズなどで長く活躍した名捕手で、今シーズンから起亜のコーチに就任した中村武志氏だ。中村氏はすでにYouTubeチャンネル「野球いっかん!」に出演し、AI審判に「野球をダメにする」と全否定に近い発言をしていたが、現在では少し前向きな見方に修正したようだ。

「ダメにするとも思ったけど、やはりそれでやるしかないと今は思っています。横(ベンチ)から見ている限りでは人間(審判)がやるよりストライクゾーンが広くなるというか、少しズレているなと感じます。特に上(高め)に。抜けた変化球がストライクと判定されるので、投手はそれに合わせたボールを投げようとする動きも出てきています。人よりも正確といえば正確。あとはこちらがいかに慣れるのか、ということじゃないでしょうか」

高めの変化球に甘いAI

 審判によって「外に甘い」、「低めは厳しい」という傾向があったり、そもそもばらつきがあったりと人間には味が出るが、バッテリーはそこを把握する必要がなくなる。ストライクゾーンを「面」で意識しがちな人間に比べて、AIは「箱」でとらえる。その分だけ上から落ちてくる変化球がストライクとなる違和感に“慣れ”て適応すれば、多くの問題は解決する。

「見ている人にとってはどっちでもいいだろうね。でも投手にせよ、打者にせよプレーヤーは『え?』が多かった。これからも科学技術だから進歩はするだろうけど、何のために採用したのかって言われたら、いまだに僕はわかりません。時短にはならないし、人員削減にもつながらないでしょ。しいていえば判定にあきらめがつくから、納得はしますけどね」

 両チームにはタブレットで全球の結果が表示されているが、くだんの「隠蔽騒動」後はイヤホンが供給されるようになった。目的には首をひねる中村氏だが、いずれは日本でも導入またはその前段階としての検討は始まることだろう。

日本での導入には課題も

「韓国では(各本拠地以外の)地方で試合をやることはまずないけど、日本はそこをどうするかですよね。それとストライクゾーンの基準にするために、全ての打者の身長を計測してデータ入力するんですが、それは構えたところじゃなく普通に気をつけ!の状態なんですよ。

確かに構えで計測しても、試合で変える選手も出てきたらキリはないけど。投手にしても終盤になればマウンドが掘れて高さが変わる。そういったところへの対応はどうなのかなと思います。日本の投手は韓国よりコントロールがいいから、すぐに(AIならではのゾーンに)意図的に投げるとは思います。我々のころのようなとにかく低め!じゃなく、高めを利用してくるでしょうね」

フレーミング技術は不要に

 確実に消えてなくなるのは捕手のフレーミング技術だ。人の目はごまかせても、機械はごまかせないのだから、無用の技術となる。また韓国では今シーズンから「ピッチクロック」も試験採用。時間内に投球できなくても罰則ではなく注意だけだが、ベンチにいる中村氏は「表示が気になって仕方ない」と苦笑する。こちらは時短という明確な目的があるものの、MLBでは投手の故障リスクの増大が懸念されている。

 乱闘あり、報復死球ありのいかにも人間くさい時代を生き抜いた中村氏。「まさかこんな時代になるとは思わなかった」が、紛れもない本音なのだろう。

文=小西斗真

photograph by JIJI PRESS