藤井聡太八冠(21)を筆頭に話題満載な将棋界。観る将のマンガ家・千田純生先生に今月も「イラストで将棋ハイライト」を描いてもらいました。

 ゴールデンウィークに突入して、観光やスポーツ観戦に出かける人々も多いでしょう。実際、僕ら夫婦もサッカー観戦に勤しんでいるわけですが、スマホでの将棋中継やトピックスの数々にビックリする1カ月間でした。だって、まさか藤井聡太八冠(獲得タイトル21期)と羽生善治会長(同99期)の「120冠コンビ」が爆誕するとは……ということで、さっそく振り返っていきましょう!

1)名人戦、藤井八冠連勝と豊島九段の意地

 将棋界最古のタイトル戦、第82期名人戦が開幕しました。昨年、20歳10カ月で史上最年少名人となった藤井名人は、同タイトル初の防衛を懸けて、同じ愛知県出身の豊島将之九段との対局に臨んでいます。

 4月10、11日に東京の椿山荘で行われた第1局、23、24日に千葉の成田山新勝寺で開催された第2局と藤井名人が連勝を飾ったわけですが……結果だけを伝えるには惜しいほど。編集担当さんからもこんな話が。

「先日、NumberWebで執筆していただいている田丸昇九段とお電話したのですが、名人戦の話題で盛り上がって〈いやあ、豊島さん、非常に際どいところまで迫っていきましたね。そこまで追い詰められても勝利をものにする藤井さんもさすがですね〉と、興奮した口調でしたよ」

 そうなんです、どちらも最後の最後まで白熱した対局でした。第1局は藤井名人が圧倒的な強さを誇る(2023年度は24勝1敗、勝率にして.960!)先手番ながら、入念な作戦で臨んだ豊島九段が2日目の勝負所で最強の駒の1つである「角」を手放すなど、じりじりとした戦いの中で、勝利に近づいていたようです。しかし……藤井玉が上部に逃げようとする中、豊島九段は香車を盤上に放ちました。この「たった1手」の選択によって、形勢は入れ替わり、藤井名人が先勝しました。

康光九段が「このポーズは危険です!」

 お気づきのファンも多いとは思いますが――中継で藤井名人の姿勢を見ていると、評価値がなくても「形勢がどちらに触れたか」がなんとなく分かることがあります。豊島九段が香車を打った場面でも、藤井名人は右手を握って口元に持っていきました。

 この様子を見て、察知したのはABEMA解説の佐藤康光九段でした。

「あ、このポーズは危険です! 何かを発見した雰囲気が……」

 康光九段の予言通り、藤井名人は“必殺”とも言える桂馬での反撃から、逆転勝ちに持っていきました。クールな豊島九段は悔しさからか拳を握る様子も。続く第2局では藤井名人が優勢に運んだものの、一度は流れが混沌とする中で豊島九段にもチャンスが来たようですが、藤井名人が連勝を飾りました。

 とはいえそれぞれの2日間を見ていて、どちらに軍配が上がるか分からない2人の対局は今回の名人戦でも続く――そして藤井名人の手筋である“カワイイおやつ”や豊島九段名物とも言える“フルーツ盛り”も含めて、今後が楽しみです。

 と、まとめようとしたところ編集担当さんから。

「ちなみに第3局の会場知ってます? 羽田空港第1ターミナルらしいですよ。ゴールデンウィーク明けとはいえ……空港は人がいっぱいで賑やかなはずだし、どこでどう対局するんでしょうかね」

 たしかに、気になる……さすがに滑走路近くということはないと思いますが(笑)。

2)藤井戦初勝利の伊藤七段+“山ちゃん”がタイトル戦!

 名人戦を含めてタイトル戦で白星を積み重ね続けてきた藤井八冠ですが……その連勝記録がついにストップしました。名人戦と並行して開催されている第9期叡王戦です。

 7日に名古屋で開催された第1局は藤井叡王が伊藤匠七段に107手で勝利。一方で20日に石川県加賀市で開催された第2局では、序盤に〈△3三角〉という変化球で挑んだ後手の藤井叡王に対して、伊藤七段がしっかりと対応して1勝1敗のタイに持ち込み、そして伊藤七段から見て「タイトル戦初勝利」さらに「公式戦で初の藤井戦勝利」となりました。これは同学年として注目している伊藤七段ファンにも胸アツな展開では!

 なお藤井八冠のタイトル戦連勝記録は「16」となったわけですが、これを「1」上回るのは大山康晴十五世名人の「17」。藤井八冠でも更新できないとは、さすが昭和の大名人ですね……。

〈打倒・藤井〉に挑むという構図で将棋ファンの心を熱くさせたのは、棋聖戦の挑戦者決定戦です。

 佐藤天彦九段と山崎隆之八段が相まみえた対局は、山崎八段が勝利。「天彦先生と山崎先生、どっちも挑戦者にすることできないかしら……」と妻氏がスゴい提案をしながら見ていましたが(笑)、最終盤まで形勢がひっくり返した山崎八段が勝利し、なんと2009年の王座戦(当時の保持者は羽生善治現会長!)以来、15年ぶりとなるタイトル挑戦を決めました。

藤井八冠相手にどんな独創性を見せてくれるか

 山崎八段と言えば康光九段が〈山崎将棋は独創と信念を感じる。彼くらい人まねをしない人も珍しい〉とも評したオリジナリティある棋風、そして43歳に見えない若々しさと理知的な表情からギャップありすぎのユーモアで、「山ちゃん」との愛称でファンが多い琴でも知られます。ご本人は「最後のタイトル戦」との覚悟を持って臨むと動画インタビューで答えていますが……藤井八冠相手にどんな独創性を見せてくれるのか、楽しみで仕方ありません。

 女流タイトル戦についても触れましょう。マイナビ女子オープン五番勝負では西山朋佳女王が2連勝、女流王位戦五番勝負では福間香奈女流王位が先勝と“女流2強”がさすがの力を発揮しています。ただ初の女流タイトル戦に挑んでいる大島綾華女流二段、タイトル奪還を目指す加藤桃子女流四段の反撃にもぜひ期待したいところです。

3)“藤井・羽生”共闘はドリームすぎる…

 さて4月27日に放映されたABEMAトーナメント(アベトナ)のドラフト会議ですが、前に開催されていた地域対抗戦では杉本昌隆八段率いるチーム中部が優勝! 藤井八冠、豊島九段、八代弥七段、服部慎一郎六段を擁するのだから、渡辺明九段や永瀬拓矢九段、森内俊之九段に増田康宏七段に伊藤匠七段と勢揃いのチーム関東Bでも敵わないのも納得という結果でした。

 で……そのチーム中部をも上回るドリームチームが誕生したのが、アベトナのドラフト会議です。

 <アベトナ:ドラフト会議で決まった各チーム陣容>
 チーム藤井:藤井聡太八冠、羽生善治九段、青嶋未来六段
 チーム渡辺:渡辺明九段、山崎隆之八段、岡部怜央四段
 チーム広瀬:広瀬章人九段、黒沢怜生六段、杉本和陽五段
 チーム天彦:佐藤天彦九段、斎藤明日斗五段、山本博志五段
 チーム豊島:豊島将之九段、糸谷哲郎八段、大石直嗣七段
 チーム永瀬:永瀬拓矢九段、増田康宏七段、森内俊之九段
 チーム中村:中村太地八段、佐々木大地七段、渡辺和史六段
 チーム稲葉:稲葉陽八段、藤本渚五段、上野裕寿四段
 チーム菅井:菅井竜也八段、佐藤康光九段、丸山忠久九段
 チーム佐々木:佐々木勇気八段、伊藤匠七段、久保利明九段
 チーム斎藤:斎藤慎太郎八段、高見泰地七段、三枚堂達也七段

 何度見ても「藤井&羽生」の並びが凄まじい威力で、アベンジャーズみたいな世界線だなと(笑)。

 ドラフト1巡目指名で羽生会長に藤井・中村・稲葉の3チームが競合する中で、3分の1の当たりを引き当てたのは藤井八冠でした。将棋に加えてクジ運まで強いとなると、無双にもほどがある……。

 稀代の天才2人とともに戦うのは誰か……と興味がわく中で、藤井八冠が2巡目で指名したのは青嶋六段でした。〈指名を知った時はしばらく夢か現実か区別がつきませんでした(笑)〉とご本人も「X」でポストされているなど、藤井八冠との接点を考えるとちょっと意外な指名? と思ったんですが、編集担当さんいわく。

「青嶋六段、2019年と2022年にチェスの全日本選手権で優勝したことがあるんですよね。羽生会長もかつて元世界王者のカスパロフさんと対局するなど、チェスが凄まじく強いことを踏まえると……藤井八冠、もしかしたらチェスに本気なのかも?」

 そう言えば藤井八冠、王座獲得後のイベントで「チェスプロブレム(チェス版の詰将棋)」を解く機会があったり、青嶋六段とチェスプロブレムで戦いたいとも語っていたことが……もしかして、将棋とチェスの“二刀流”に本気モードなのでは? なんて妄想が広がります。

藤井八冠、待ち時間で「詰パラ」やっていた件

 そんなドラフト会議、編集担当さん的にツボだったのが、1巡目指名後にそれぞれのリーダーが過ごした“待ち時間”だったとのこと。渡辺九段(1巡目のクジ引き2連敗は見てるこちらが切なくなりました……苦笑)が読書、永瀬九段がマンガを読むなどする中で、藤井八冠は「詰将棋パラダイスを解く」でした。

「待ち時間で詰パラ(詰将棋パラダイスの愛称)を解くとか、野球で言えば“ドラフト会議中に素振りをする”レベルです(笑)。さすが藤井八冠、というしかありません」

 そんな藤井八冠が1巡目指名した羽生九段は、王座戦挑戦者決定トーナメントで、康光九段との“新旧会長対決”で、評価値が大きく触れる大逆転劇で勝利しています。そんな将棋界の二大スターを筆頭に、それぞれのチームがどんな戦いと“おもしろ動画”を見せてくれるのか――各タイトル戦とともに注目していきます!

<構成/茂野聡士>

文=千田純生

photograph by Junsei Chida/Keiji Ishikawa