ツレないというか、いやいや、心底正直というべきか……。

 2024年のメジャー初戦、マスターズ。ことしも熱戦の様子をお茶の間に届けたTBSのインタビューの最中、少しばかり冷え込んだ(ように思えた)一瞬があった。

 思うようにプレーできないまま、ため息交じりに言葉を並べていた松山英樹。自身への期待を裏切るような4日間を受け止め、つとめて冷静に振り返っていたその時、ひとつ質問が飛んだ。

「松山さんがオリンピックに懸ける思いというのはありますか?」

 もちろん、時と場所を考えれば、いささか唐突ではある。それでも、松山の素直すぎる返しには少々面喰った。「うーん、あんまりないです」

 海の向こう、画面の前に控えし多くは、五輪こそ紛うことなき世界イチのスポーツイベントと疑わない日本国民である。インタビュアーがPGAツアーの気心知れた大先輩であり、想いを共有できる今田竜二だったから、本音をチラリとのぞかせるどころか、ズバーン!とぶっちゃけられたのかもしれない。おあつらえ向きなコメントは、心になければお断り。まあ、そこんとこブレないのが松山英樹らしくもある。

五輪を自分事として捉えられなかった理由

 確かに、松山にとっての五輪メダルは、必ずしもキャリアのプライオリティの上位になかった。ゴルフが正式競技に復帰した2016年のリオデジャネイロ大会は出場を辞退。マスターズ制覇から約4カ月後の21年東京では、銅メダルを争うプレーオフで敗れ、余韻もそこそこに週末にはテネシー州に飛び主戦場で優勝争いを演じた。

 そして、パリだ。

 首や背中、手首などの故障に苦しめられた松山は、一昨年の春からは万全の状態でプレーするのにも苦労してきた。とくに昨季は、結果で言えばPGAツアーで自己ワーストの一年を過ごしたのを忘れてはならない。だから今年の初め、五輪イヤーを迎えてもまだ、メダルへの道は自分事として捉えられなかったのではないかと想像している。

 少なくとも2月、ロサンゼルスでジェネシス招待を勝つまでは。

 LAで約2年ぶりのツアー優勝を飾る直前、松山の世界ランキングは55位まで低迷していた。当時の日本勢の2番手はDPワールドツアー(欧州ツアー)で初優勝したばかりで、75位にいた星野陸也。松山は2013年6月から10年以上も守ってきた日本勢最高位の座から、ついに腰を上げる時が来てもおかしくない状況にいて、そしてそれを回避した。改めて、五輪を意識せざるを得ないスケジュールになった。

 ちなみに、ジェネシス招待の会場リビエラCCは、28年LA五輪の開催コースに決まっており、4年後、彼がどんな立場にいようとも「松山×五輪」の話題は(本人がどう思おうとも!)事欠かないはずである。

東京五輪と同じ形式、代表選考のルールは?

 さて、五輪のゴルフ競技も開幕まですでに100日を切った。直近2大会を経て、団体戦や男女ミックスによる国別対抗といった競技形式のアイデアが毎度出てはくるが、リオ、東京に倣い、パリも男女別の個人種目。一般的なプロゴルフ競技と同様、4日間72ホールのストローク形式で争われる。先に行われる男子は8月1日、女子は7日に始まる。

 出場人数は男女それぞれ60人ずつ。選出システムをおさらいする。代表選手は個々の「五輪ランキング」なるもので決まり、この順位は世界中のプロゴルフ競技の成績によって週ごとに推移する、前述の世界ランキング(男子:オフィシャルワールドゴルフランキング、女子:ロレックスランキング)が基になる。

 男子は全米オープン終了のタイミングの6月17日付、女子はKPMG全米女子プロ選手権終了時の同24日付の世界ランクで決定。1位から15位までの選手は自動的に選出されるが、1カ国・1地域につき4人までというルールがある。15位以内に5人以上の選手がひしめく国は、まさにトップレベルの争いが繰り広げられるわけだ。実際に男子の最新ランキング(4月28日付)では、米国勢が15位までに8人もいる。それ以下の選手については、ランク順に各国・地域2人まで。フィールド上限の60人に達するまで選抜される。

 さて、そのデッドラインまで2カ月もない。この期間中、男女ともに今季のメジャー第2戦と第3戦が行われる。まさにシーズン真っただ中に、国を背負うメンツが決まる。

 日本の代表は目下、直近2大会と同じく、男女2人ずつが現実的。男子は世界ランク15位で“当確”の松山に次ぐ2番手の争いが熾烈だ。

 ランク75位の中島啓太、88位の久常涼、89位の星野陸也は昨秋から今年3月までに、立て続けに欧州ツアーで初勝利をマーク。海の向こうでの好結果は、世界ランクの大幅アップに繋がり、パリに続く道を切り開いた。

 中でも今季米ツアーに主戦場を移し、マスターズにも初出場した久常は昨年9月にフランスで優勝。会場が五輪コースのル・ゴルフ・ナショナルだったからこそ、「出たい思いは人一倍あるかなとは思う」と言うのもうなずける。彼ら3人に先んじて昨年2月、オマーンでのアジアンツアーで海外初優勝を飾った104位の金谷拓実にも、チャンスがわずかでも残っていそうだ。

 とはいえ、彼らがみな、何が何でも五輪に出るために海を渡ったかというと、そこには疑問符が付く。モチベーションの順番は逆で、とにかく海外ツアーの職場を得るためにガムシャラでいたら、チャンスがふっとわいてきたというのが、表現として正しい気がする。

畑岡、古江、笹生…大逆転もありえる女子代表

 さて、日本勢の女子は2枠を巡る争いが最後までもつれそうな構図にある。

 畑岡奈紗(18位)、古江彩佳(23位)が上位2人。悲願の東京五輪メダルを逃した畑岡と、同じ3年前、ハイレベルな争いの末に代表の座を稲見萌寧に譲った古江が、それぞれの“リベンジ”に向けて好位置をキープしている。

 そして3番手につけるのが25位の笹生優花だ。前回の東京大会にフィリピン代表として出場した後、22歳以上の重国籍を禁止する(20歳に達する前に重国籍となった場合)日本の国籍法に基づき、日本国籍を選んだ。

 日本ツアーを主戦場にする山下美夢有(28位)は2年連続の年間女王として4番手をキープ。5番手の岩井明愛(41位)との差は少し大きいが、今後2つ控えるメジャーは世界ランクに反映されるポイントが一年で最も多く、最後まで大逆転の可能性を無視できない。

 選手個々のパリに懸ける思いの種類や熱量はそれぞれ違う。

 そうは言っても、五輪がゴルフに、新しい見方を提供してくれているのは確かである。

文=桂川洋一

photograph by Katsuragawa Yoichi