パリ五輪を目指すU-23日本代表の戦いぶりと選手について、フィリップ・トルシエに“お世辞抜き”で論評してもらうシリーズ。日本の攻撃力が遺憾なく発揮され、細谷真大と荒木遼太郎のゴールで快勝したイラク戦の終了直後に話を聞いた。

 決勝進出とパリ五輪出場権がかかった大一番であったU23アジアカップ準決勝で、イラクを2対0と下した日本は、優勝した2016年大会以来の決勝進出を果たすと同時に、1996年アトランタ五輪以来8大会連続となるオリンピック本大会の出場権を獲得した。

 内容的には日本の危なげない勝利だった。ペースを握った前半に2得点し、イラクの反撃を受けた後半も、幾度か危ない場面を迎えながらも落ち着いた守備でイラクにつけ入る隙を与えなかった。

 日本が会心の勝利を収めた試合。だが、フィリップ・トルシエは、日本の勝利が隠してしまったものがあることを指摘した。それはいったい何であったのか。日本がパリ五輪でメダルを獲得するために、恐らくは欠くことのできないものなのだろう。

流動的でコレクティブ、規律も申し分なし

――イラク戦は日本にとって素晴らしい試合になりましたね。

「全体として素晴らしかったが、試合が拮抗した後半が特にそうだった。日本のパフォーマンスを見たとき、もっと多くの得点をしていてもおかしくはなかった。しかし結果は2対0で、イラクは最後まで挫けることなく自分たちのスタイルを押し通して得点を狙った。そこで失点を喫していたら、日本がその後どうゲームをコントロールしたかはとても興味深かった。

 この試合に限らず日本は大会を通して素晴らしいプレーを実践して、自らの力を誇示したのは間違いないが、準決勝の日本はグループステージの日本とは異なっていた。チームはコレクティブによく組織され、屈強なうえにとても厳格だった。自分たちがボールを保持していてもいなくとも、選手それぞれが規律に溢れ責任感を持ちながら個々の役割を演じていた。スピード感に溢れバラエティーに富んだダイナミックなプレーを披露し、組織も円滑だった。

 特にふたりのセンターバック(木村誠二と高井幸大)と藤田譲瑠チマに支えられた守備は安定していた。このトライアングルは、後方からの攻撃の起点にもなっていた。また両サイドのデュオ、右サイドの関根大輝と山田楓喜、左サイドの大畑歩夢と平河悠が存在感を示し、前線では細谷真大と松木玖生、荒木遼太郎がゴールを脅かした。流動性に富んだ布陣であり、ダイナミズムとバラエティーに溢れていた。豊富な運動量とスプリントに支えられたスピーディなプレーはコレクティブで、規律も申し分なかった。

 ただ、それだけ膨大なエネルギーを消費しながら、最終的な結果はそこまで圧倒的ではなく、収支決算は捗々しくはなかった」

しかしそこには、隠された側面がある

――たしかにチャンスは数多く作りましたが……。

「さらに加点して、日本は試合を決めきることもできた。だが、そうはならなかったからこそ、失点を喫したときの日本を見てみたかった。メンタル面で選手たちがどんな反応を示すのか……。今日の内容ではそれはよくわからない。見ることができたのはボールとプレーを支配する日本だった。スペースも支配し、プレーは自信に満ちていた。

 そして後半は、プレーの多彩さで相手を欺きさえした。『自分たちには余裕がある。不安はまったく感じていない』と。だからこそ疑問が浮かぶ。日本のプレーが、日本の弱点を隠してしまったのではないかと」

――もう少し具体的に説明してください。

「後半はイラクに多くの得点チャンスがあった。日本はそれでも超攻撃的で、ゲームを支配している限り、心配する要素はないというスタンスだった。しかしそこには、私たちが見ることのできなかった隠された側面がある。見えたのは日本がゲームを支配したことであり、イラクよりも強いということだった。決勝進出に値したし、力強さも示した。だが、それによって隠れたものが何であったのか。恐らくウズベキスタン戦が、この問いの答えを出してくれるだろう」

日本が5−0で勝つべき試合だったが

――たしかに後半も、日本はイラクの攻撃にうまく対処していました。

「日本には確固としたセキュリティがあった。そこまで自信を持てたのはどうしてかよくわからないが、失点していても決しておかしくはなかった。

 しかしプレーのバラエティーも左右にバランスが取れて豊富だったし、組織も強固でプレスも強力だった。日本はイラクよりもずっと優れていた。プレーを楽しんでいた感すらある。

 ただ、膨大なエネルギーを費やした割には、それに見合う結果を得られなかった。日本が5−0で勝つべき試合で、そうなっていれば私も納得できた。しかしそうはならずに、ある部分が隠されてしまったというのが私の印象だ」

スピード豊かなのは長所だが、それは戦略でもある

――本当に緊迫した状況で、どんな対応ができるかということですね。

「繰り返すがウズベキスタン戦でその答えが得られるだろう。彼らの試合を見たが、日本と同じようなクオリティのプレーで、コレクティブでスピードも個の力もある。守備もよく組織されている。プレーを構築するチーム同士の素晴らしい決勝になるのは間違いない。そのとき日本はどうするのか。ゴール前でより効率的にプレーができるかどうか。失点した際にどう反撃するか……。試合はとてもオープンで、後半に反撃したイラクが1点返していたら、結果はひっくり返っていたかも知れない」

――3月のマリ戦ではマリ相手に何もできなかったことを考えれば、大きな進歩を示したと言えるかも知れません。

「そうだが、日本のプレーはスピードに特徴がある。前線から最終ラインまでスピードが豊かであるのが日本の長所だが、それは同時に戦いを避ける日本の戦略でもある。だからもしプレーのスピードを欠いたら、アスレチックなチームでフィジカルも強いイラクとの戦いは、デュエルが避けられず違う試合になっていた」

藤田は類稀だ。松木の運動量と質にも驚いた

――たしかにスピードとインテンシティが、チームとしての違いを作り出しているといえます。

「選手では藤田が類稀で別格の存在だ。チームのメトロノームであり後方から配球する。2得点のアシストもすべて彼だった。また松木にも驚いた。運動量が半端なくしかも質が高い。

 この日本代表は本当にバランスが取れている。規律に溢れてプレーにスピードがある。守備もタイトでスピーディだから、相手が自由に走れない。批判すべき点があるとすれば、前線の効率を欠いていることだ。2−0は、日本の力からすれば満足できる結果ではなかった。エネルギーをかけた割に得たものは少なかった」

――だからこそウズベキスタンとの決勝に注目すべきなのですね。

「大会最高のチーム同士の戦いだ。どちらもコレクティブで組織も強固。素晴らしい決勝になるだろう。日本がどんなプレーをするかに注目だが、ここまでは力強さをどの試合でも見せた。それで決勝はいつだ?」

――次の金曜日(5月3日)です。フランス時間で17時半キックオフです。また試合後に電話します。メルシー、フィリップ。

文=田村修一

photograph by Kenichi Arai