素手で顔を殴り合った感覚は「ハンパじゃなかった」。篠塚辰樹はそう振り返っている。彼が挑んだのは“素手のボクシング”ベアナックルファイトだ。

 4月29日の『RIZIN.46』有明アリーナ大会。ここで行われたのがベアナックルファイトの一戦である。アメリカで人気を博しているBKFC(ベアナックル・ファイティング・チャンピオンシップ)の提供試合という形で組まれた。BKFCは先日、UFC最大のスターの1人であるコナー・マクレガーの会社が共同オーナーになったことでも話題を呼んでいる。

 元ボクシング王者やMMAの人気選手、ムエタイの大物ブアカーオも参戦しているBKFC。日本での試合はこれが初であり、RIZINの新たな路線になるかどうかも含めて興味深いものだと言える。

グローブよりも、“顔面ボコボコ”状態になりやすい

 篠塚はボクシングでプロデビューするとキックボクシングに転向し、RISE、K-1系イベントに参戦してきた選手。Krushでチャンピオンになったものの違約金を払いRIZIN参戦を果たした。

 RIZIN初戦は昨年大晦日。オープンフィンガーグローブ着用のキックルールで勝利を収めている。

 アメリカでBKFCの試合を見て「やりたい」と名乗り出たという篠塚。対戦したのはすでにベアナックルファイトで3戦のキャリアがあるJ.マルチネスだ。

 ベアナックルファイトは、RIZINのリングで行われる試合形式の一つというだけではないように思われた。グローブなしで顔面パンチを認めるルールは、“野蛮”、“危険”というイメージが付きまとう。初期のUFCもそうだった。

 素手の場合、グローブで殴るよりも外傷、つまり腫れや切り傷ができやすいとも言われている。殴り合うと、いわゆる“顔面ボコボコ”状態になりやすいわけだ。

 ただ今回はそうならなかった。2分5ラウンドの試合は初回決着。1分33秒で篠塚がKO勝利を収めている。

ケンカのような闘いではなく、ボクシングだった

 ダーティーボクシング(相手を片手で掴んでのパンチ)が認められるベアナックルファイト独自のルールの中で、篠塚は巧みに闘っていた。

 ゴング直後、マルチネスがラッシュをかけようとするとクリンチで防ぐ。そこから自分の体勢を作ってパンチの打ち合いへ。だが荒っぽい展開はそこまで。篠塚にペースをもたらしたのはジャブだった。

 有利に試合を進めたところで、フィニッシュは右ストレート。ベアナックルであってもケンカのような闘いではなく、あくまでボクシングだった。まずはジャブから、が鉄則なのだ。

 中継の解説を務めた高阪剛は、篠塚の闘いぶりについて「技術ですね、まっすぐ真ん中を狙って打っていた」とコメントしている。

 ベアナックルファイトは単純に「グローブなし」というだけでなく拳頭部分(ナックル)をバンデージで保護することが禁止されている。そのため“当たりどころ”が悪いと殴ったほうが拳をケガしてしまう危険性があるのだ。

 格闘技の世界には「デコ受け」という言葉も。額から前頭部にかけての硬い部分でパンチを受けるとダメージが軽減され、相手が拳を傷める可能性がある。篠塚はそうならず、拳を正確に相手のアゴに打ち込んでみせた。

出場選手の声「みんなが適応できるものじゃない」

 もちろん本邦初公開のベアナックルファイトが“技術の勝利”に終わったからといって、この競技を万人向けと言うことはできない。見るにしてもやるにしても、人を選ぶだろう。敗れはしたが今後もベアナックルの試合を続けたいというマルチネスは、こう言っている。

「ベアナックルはスリルの一言。飛行機から飛び降りるくらい最高の気分になるんだ。他とはスリルの次元が違うし、みんなが適応できるものじゃない。自分はやりたいからやっている。結局はやりたいか、やりたくないか。それだけの話だよ」

 確かにそういう面はあるだろう。日本でもベアナックルファイトが継続され、いずれ“顔面ボコボコ”の試合が展開されたらより大きな話題になるのは間違いないし、同時に拒否反応も凄まじいものになる。

 ただ、である。ベアナックルファイト日本初披露の試合での篠塚の闘いは“野蛮な暴力”以外の要素を感じさせてくれた。素手の殴り合いで勝つにも、必要とされる技術や戦略があるのだと。篠塚が語った、グローブ着用の闘いとの違いも興味深かった。

「(パンチは)グローブのほうが見やすいです。素手のほうが小さいから見にくい。でも小さいから拳1個分の動きでよけられるので」

「他の選手はケガしちゃうんじゃないですかね」

 ベアナックルでは、相手の攻撃をグローブの厚みでブロックすることができない。素手の拳はガードをすり抜けてしまうこともあるのだ。ブロックよりも避けること、あるいは距離の支配が重要になる。このあたりはボクシンググローブよりオープンフィンガーグローブの闘いに近いと言えそうだ。

 篠塚はジャブを打った次の瞬間に頭を引く動きを徹底していた。ただしその動きは最小限。だから同じ立ち位置のまま、マルチネスのフックをかわしざまに右ストレートを正確に叩き込むことができたのではないか。

 一方で「フックを肩にもらったのがめっちゃ痛かった。腕を殴るのもありですね」とも。素手だからこそ“意外に効く”攻撃というのもあるわけだ。

 相手を素手で倒し「モロに拳にくる。人殴ってんなぁという感じがしました」と篠塚。またベアナックル参戦を望む選手たちには「本当にできるのかな」。自分だからこそ、今回のような闘いができたのだという自負があるのだ。

「他の選手はケガしちゃうんじゃないですかね。(ベアナックルでは)精密なパンチを打たなきゃいけないから」

ベアナックルファイトの魅力とは

 誰にでもできるわけではないという主張は、ベクトルこそ違えどマルチネスと共通している。

 技術、他の格闘技との違い、選手の適性などなど。ベアナックルファイトの魅力の一つは考えがい、語りがいがあるということかもしれない。篠塚はアメリカ進出も希望、チャンピオンのジョン・ドッドソンとの対戦にも自信を高めたという。

「アメリカでもやるし、日本でもみんなが見たいならやりますよ」

 ベアナックルファイトは、繰り返すが万人向けではない。しかしクセになりそうな感じもある。それはやはり、単なる荒くれ者のケンカではないからだ。

文=橋本宗洋

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao