大谷翔平と山本由伸が所属するドジャースに注目が集まりがちだが、今季は日本人メジャーリーガーが各チームで素晴らしい序盤戦を過ごしている。その筆頭格である今永昇太(30)と、鈴木誠也(29)の進境が著しい理由を探ってみた。(全2回/第1回も読む)
カブスの鈴木誠也は、開幕から好調を維持し、15試合の時点で打率.305、3本塁打13打点を記録していた。しかし4月14日の試合後、右わき腹痛でIL(負傷者リスト)入りが発表された。
大谷だけが「メジャーでの成績が上がっている」
筆者はこのコラムで「NPBからMLBに移籍した選手は、投打ともに小型化する」ことを紹介してきた。
実質的に初めてMLBに挑戦した野茂英雄も、打者としての最初の挑戦者だったイチローも、スラッガーの松井秀喜も、すべてMLBの成績のほうが、NPBよりも下がっている。
それがNPBとMLBの格差というものであり、日本人選手はその高い壁を乗り越えて、NPB時代の成績の目減りを何とか最小限にするために、プレースタイルを変え、肉体改造をしてきた。
しかし大谷翔平だけは例外だった。
〈打者成績〉
NPB 打率.286 OPS.859 本塁打率21.56
MLB 打率.279 OPS.932 本塁打率14.50
〈投手成績〉
NPB 防御率2.52 K9 10.3 K/BB 3.12
MLB 防御率3.01 K9 11.4 K/BB 3.51
打者としては打率こそNPB時代より下がったが、より重要なOPS(長打率+出塁率)や、本塁打率(打数÷本塁打)などの指標では、MLBのほうが上になっている。
また投手としても、防御率はNPB時代のほうが良いが、パワーピッチャーの指標であるK9(9イニング当たりの奪三振数)や、安定感を示すK/BB(奪三振÷与四球)では、MLBに移籍してからのほうが上回っている。
つまり、大谷は打者としても投手としてもパワーアップしたのだ。その一方で、他に大谷のような例はなかった。
しかし大谷と同学年である鈴木誠也は今季、ひょっとすると? と思わせる成績でスタートを切っていた。
誠也は成績だけでなく、打球速度が急上昇している
広島東洋カープから移籍して3年目の鈴木のデータを追いかけてみよう。
NPB時代通算
(9年間)打率.315 OPS.985 本塁打率16.35
MLB移籍後
2022年 打率.262 OPS.770 本塁打率28.36
2023年 打率.285 OPS.842 本塁打率25.75
2024年 打率.313 OPS.894 本塁打率20.67
まだNPB時代の数字には及ばないが、打率もOPSも本塁打率も年を追って着実に上昇していることがわかる。
NPBからMLBに移籍した当初は、他の日本人選手同様、MLBの一線級の投手に対応するのが厳しかったのが、昨年は初めて20本塁打を記録。OPSも強打者の指標である.800を超えた。そして今季は打率も3割を超え、OPSも.900に迫ろうとしていた。
たまたま調子が良いだけではないのか?
いや――そうではないことを示す数字がある。
MLBは、弾道計測機「ホークアイ」と高速カメラなどを組み合わせて、投打守備のデータをオンタイムで表示する「スタットキャスト」を全30球団の本拠地球場に配備している。データはMLB公式サイトに公表されているが、このデータの「初速(Exit Velocity)」の最速(MAX)の数値が、急上昇しているのだ。
過去3年で大谷は常にベスト5、では誠也は?
以下、2022年から3年間の「スタットキャスト」による数値上位5傑と鈴木の数値。数値はマイル(mph)、参考までに、120mphは193km/h。
〈2022年〉
1.クルーズ(パイレーツ)122.4
2.スタントン(ヤンキース)119.8
3.大谷翔平(エンゼルス)119.1
4.ゲレーロJr.(ブルージェイズ)118.4
5.ジャッジ(ヤンキース)118.4
125.鈴木誠也(カブス)111.3
〈2023年〉
1.アクーニャJr.(ブレーブス)121.2
2.スタントン(ヤンキース)119.5
3.デラクルーズ(レッズ)119.2
4.大谷翔平(エンゼルス)118.6
5.オルソン(ブレーブス)118.6
31.鈴木誠也(カブス)114.6
〈2024年〉
1.スタントン(ヤンキース)119.9
2.クルーズ(パイレーツ)119.7
3.大谷翔平(ドジャース)119.2
4.ゲレーロJr.(ブルージェイズ)117.6
5.アルバレス(アストロズ)116.8
※鈴木誠也(カブス)115.0(14位相当)
BBE=フェアゾーンに飛んだ打球が規定数(162)以上の選手は毎年、両リーグ合わせて250人前後いる。その中で大谷は常にベスト5以内をキープしている。さすがとしか言いようがない。
一方で鈴木誠也は1年目は中位の125位だったのが、2年目は31位、そして今年は規定には達していないものの、14位相当まで上がってきている。
「フライボール革命」では、打球速度が98mph(158km/h)以上、打球角度が26度〜30度(バレルゾーン)で上がった打球が最もヒットやホームランになりやすいとされる。そして打球速度が上がれば、バレルゾーンは大きくなる。
肉体を鍛え上げたことで打球速度が上がった
大谷が、反対方向に大きな本塁打を打ったり、低い弾道でスタンドに突き刺さる本塁打を打つのは、打球速度が圧倒的に速いため、バレルゾーンが他の打者よりも大きくなっているから。一見、当たり損ねのような当たりでも大谷のように打球速度が速ければスタンドインするのだ。
MLBでは「打球速度」こそが、打者として活躍するための最重要指標である。
打者・大谷はMLBに移籍して以降、ひたすら「打球速度」をアップさせることを考え、そのために筋肉量を増やすためのトレーニングを続け、プロテインも摂取してきた。筋肉量が増えた分だけ、パワーがアップしたということだ。
鈴木誠也もMLBに移籍する1〜2年前くらいから上体の筋肉が付き始めたが、MLBに移籍後は、さらに上体の盛り上がりが顕著になってきた。それとともに、打球速度が上がり、バレルゾーンも広がって安打やホームランが出るようになったのだ。
スタットキャストの「初速(Exit Velocity)」をはじめとする数値は、打者のポテンシャルを測る数値としてMLBでは非常に重視される。鈴木はこの数値が上がったことで、チームも鈴木を大谷と同じ「2番」という、今のMLBでは「最強打者の打順」に据えている。
「大谷は特別な存在」から新たな可能性を拓く誠也
昨年のWBCで、猛烈な速度の打球を打ち上げる大谷の打撃練習を見たヤクルトの村上宗隆は、「初速(Exit Velocity)」の数値を聞いて、自分の数値をはるかに上回っていることに大きなショックを受けたという。村上もNPBではトップクラスの打球速度なのだが、MLBで活躍するにはさらに大きなパワーが必要なことを知ったのだ。
ちなみに現在ILのレッドソックスの吉田正尚は2023年は112.3mph(101位)、今年は105.3mph(263位相当)。この数値が伸び悩んでいるのは懸念材料と言える。
今季の吉田は主としてDHで起用されているが、単打は出ているものの本塁打は2本、OPSは.736、今後.800は欲しいところだ。
筆者だけでなく多くのファンは、これまで「大谷翔平は特別の存在」だと思ってきた。大谷には「天賦の才能」があって、他の日本人にはマネのできない異次元の活躍をしていると思ってきた。
しかし少なくとも「打撃」に関しては、鈴木誠也が「新たな可能性」を切り拓きつつある。
1カ月弱のILのブランクは痛かったが――右の強打者として、今後、鈴木誠也が大きな実績を残せば、日本人メジャーリーガーの歴史は、新たな段階へとステップアップすることになるだろう。<第1回「今永のフォーシーム」編からつづく>
文=広尾晃
photograph by Nanae Suzuki,Michael Reaves/Getty Images