女子プロレスラーのちゃんよたは、試合でも試合以外でも話題が途切れない選手だ。

 3月にはプロデュース興行を開催、新木場1stRINGを満員にした。大会場というわけではないが団体の規模からすると快挙と言っていい。

 ボディコンテスト出場を宣言すると体重を絞る過程をSNSで公開。5月31日には写真集も発売される。

 プロレスラーであり筋肉系YouTuberでありセクシー女優。その活動のすべてが「生き物として強くなりたい」というテーマにつながっている。

ADHDとASDを公表し「気持ちが少し楽になった」

 プロデュース興行では、EvolutionのZONESと「マッスルシスターズ」を結成。高橋奈七永&水波綾の実力派タッグと対戦した。印象に残ったのはキャリアが遥かに上の相手にぶつかっていく懸命な姿だ。ちゃんよたはスターダムにも参戦しているから、選手を借りて派手なカードを組むこともできたはず。だが彼女は大事なプロデュース興行で、実力重視の相手を選んだ。

 所属する団体PPPTOKYOの代表であり、自身も選手の三富兜翔はちゃんよたの姿勢をこう評している。

「奈七永さん、水波さんは、言ってみれば女子プロレスの本流ですよね。逆に我々は若い団体ですし亜流に見られやすい。だからこそ本流と向き合って、プロレスに対して本気であることを証明したいんだと思います」

 4月には、発達障害であることをYouTubeで明かした。病院で「注意欠陥多動障害(ADHD)と自閉症スペクトラム障害(ASD)」だと診断された。診断を受けたことで「気持ちが少し楽になった」と言う。

「自分がダメ人間になってしまったのかと思っていたので。でもそうじゃなく、ADHD、ASDは脳の特性なんです」

悩み始めた警察官時代…何もしていないのに涙が

 悩み始めたのは警察官だった時代だ。上司から言われたことをうまく理解できず、空気を読んだり察したりすることも苦手だった。「仕事があまりにできなくて」何もしていないのに涙が出てくることもあった。最終的には鬱病で警察を辞めている。

「警察の仕事は、毎日起きることが違う。それに対応しなきゃいけないですし“こういう時は指示されなくてもこう動く”という暗黙の了解も多いんです。それが腑に落ちることならいいんですけど、そうじゃないと自分は行動に移せなかった。マルチタスクで臨機応変が求められる職場は、自分が一番苦手なところでした。病院に行って、それが分かりましたね」

 病院で診断してもらうにはお金も時間もかかる。つい足が遠のいていたとちゃんよた。発達障害を公表することで、同じような悩みを持つ人たちにもいい影響があればと考えている。

「当事者の方からのコメントも届きましたし“検査に行ってみようと思います”という人もいました。検査を受けるのは抵抗があるという人もいると思うんですけど、今は10人に1人は発達障害があると言われているそうなので。私の発言で悩んでる人の後押しができるなら嬉しいです」

 警察官時代のちゃんよたを悩ませていたものの“正体”は発達障害だった。原因が分かれば、対応もできる。プロレスでも、だ。三富はちゃんよたが練習を始めた頃から「プロレスに向いている」と確信していたそうだ。

「いま思えばADHD、ASDの特性ということだったのかもしれませんが、練習に一心不乱に打ち込む、のめり込む姿勢が素晴らしいなと」

プロレスデビューには風当たりもあったが…

 本人も言っていたことだが、ちゃんよたは毎日コツコツ続けることが大事なものが得意だ。たとえば筋トレ、勉強。それに掃除も。コツやセンス、要領よりも継続と積み重ね。プロレスに関しても、愚直な努力で成長してきた。

 もちろん、それは“外野”には伝わりにくいことだ。ちゃんよたのプロレスデビューには風当たりもあった。「AVに出ている人間をリングに上げるのか」と。ただ、三富は「そこでしっかり反論できる状態でした」と言う。

「ちゃんよたには“生き物として強くなる”というテーマ、大義名分があったので。肉体的にも精神的にも、それにAVという性的な意味でも強くエネルギッシュに生きていく。すべての活動がそこにつながってるんです。興味本位でやってるわけじゃないし、私としても話題性重視でデビューさせたつもりはないので。だから“むしろ堂々と応援してあげてください”と言えました。そうやってきちんと大義名分を打ち出せば、支持してくれる人も増えるんですよ」

 プロデュース興行で高橋奈七永、水波綾という“本流”と対戦したのも、プロレスに対する本気度の表れだ。実力だけでなく観客を巻き込むエネルギーがある2人は、ちゃんよたにとって理想のレスラーでもある。

 自分の“特性”を理解したことで、プロレスへの取り組み方も明確になったという。

「検査して分かったのは、私は目で見たものを理解するのが得意で、耳で聞いたものに関しては苦手だということなんです。だから試合、映像を見るというのが大事なんだなと」

「プロレスって、思ってたより自由でしたね」

 警察官として勤務する中で、上司から一度にたくさんの指示をされるとうまく呑み込めなかった。プロレスでは試合後に先輩からアドバイスをもらうことがあり、それが完全には頭に入ってこないことも。そこでなぜだろうと悩むのではなく、今は「それが自分なんだ、別のやり方があるんだ」と納得できる。

「試合中は、自分の得意な攻撃パターンができている時はいいんです。問題は予想外の展開になった時。たぶん他の選手より“どうしよう”と慌ててしまうんですよ」

 ただその感覚は奈七永、水波と対戦することで変わっていった。自分が思うような展開にならない時、一つの“正解”があってそれをやらなくてはと考えがちだったが、そうではないのだ。

「プロレスって、思ってたより自由でしたね。それを教わりました」

 三富も、PPPTOKYOの選手たちに試合内容についての細かい指導は控えている。慶應大学出身、プロレスと同時に大手広告代理店の博報堂で働いていたこともある三富。会社を辞めてプロレスに専念すると発表した時も話題となり、さまざまなメディアに取り上げられた。それだけに既存のプロレス、根拠が分からない慣習への疑問を隠さない。はっきり「プロレス界の常識は反面教師です」と言う。

「プロレス界には“いい試合とはこういうもの”、“こういう場面ではこう動くべき”という謎のセオリーがあるんですよ。“こういうことはするもんじゃない”とか。もちろん受身とか相手にケガをさせない闘い方といった基本は身につけなければいけない。でもそれ以外は自由でいいはずです。プロレス界の常識がそんなに正しかったら、各団体もっとお客さんが入ってますよ(笑)。昔からこうだからではなく、お客さんが喜ぶことならそれは正しいと僕は思ってます」

発達障害も個性、セクシー女優で本格派プロレスラー

 PPPTOKYOの主力選手である八須拳太郎は、ちゃんよたとともに“1分間格闘技”BreakingDownに出場。“胸毛ニキ”のニックネームで人気を博した。さらに4月には老舗MMA団体DEEPにも参戦。本人にも団体にも「格闘技で負けたらプロレスのキャリアに傷がつく」という考え方はない。所属選手にはトランスジェンダーの女子プロレスラーとしてデビューしたエチカ・ミヤビもいる(性別適合手術を受け、現在は欠場中)。

「これは八須やちゃんよたから学ばせてもらった部分も大きいんですが、PPPTOKYOの個性、魅力は“なりたい自分に世界一近づけるリング”ということじゃないかなと。団体の方向性の中で選手を役割、ポジションに当てはめるのではなく、それぞれがやりたいことをやるのが一番いい」

 個々のブランディングも、選手まかせにはしない。

「たとえばSNSで使う言葉にしても、入念に戦略会議をしています。そこは広告代理店での経験が大きいですね。広告で使われる一つの言葉にどれだけの人が関わって、どれだけの時間とお金が使われているか知っているので。各プロレス団体もSNSの強化は意識しているんですけど、まだ選手の自主性とセンスに頼る部分が大きいです」

 PPPTOKYOのモットーは「新進気鋭」。昭和・平成の「放映権料ビジネス」ではなく、新しいイベント運営の形を目指しているという。ちゃんよたの“発達障害を個性として受け入れる、セクシー女優かつ本格派プロレスラー”というあり方も、新しい時代の新しい団体だから生まれたと言えるのではないか。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto