チューニング。

 1本1本、弦の音を聞きながら調整するように、大谷翔平は4月、5月と1打席1打席、トライ&エラーを繰り返しながら、求める打撃の感覚を上げていく。毎打席、毎日、タブレットに映し出された過去打席の映像と格闘しながら、感覚を研ぎ澄ます。

 試合前の空いた時間、試合中のベンチに座っているとき、タブレットは欠かせない。

 4月3日に「ドジャース1号」が出てから、5月の中旬まで打ちまくったが、大谷は「そこまで打撃の感覚としてはいいなという感じではなかった」と振り返る。

 結果としてホームランが出ていても、パズルのピースがピタッとはまる感じではなかった。

エンジンのかかりが悪かった6月初旬

 5月16日。大谷の左太ももに一塁けん制球が直撃した。そこから、太ももの張りが出てくるとともに、打撃の状態が下がった。

 本人は「そこまでスイングに影響はない」と言ったが、少しでも影響があれば、微妙な感覚が狂う。

 ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は6月1日、少し苦しんでいた大谷の打撃状態について独特の例えをした。

「翔平は精巧にできたマシン。スポーツカーで言えば、シリンダーの一つ一つがちゃんと燃焼しないと走らない。太ももの痛みで少し(打撃が)不安定になっているが、肉体的には彼が求めている状態に近づいていると思う」

 だが、その後も状態はなかなか上がらなかった。

 昨年は月間15本塁打で球団記録を更新して月間MVPを獲得。盟友のマイク・トラウトが「歴史的な活躍を、ベンチの特等席から見させてもらったよ」と語るほどのインパクトを残したが、今年の6月初旬は、エンジンのかかりが悪かった。

 6月7日から9日にかけてのヤンキース戦は3試合で2安打。3試合で7安打、3本塁打の離れ業を演じたヤンキースのアーロン・ジャッジの陰に隠れた。

「打つべくして打っている」絶好調の理由とは?

 だが、ニューヨークからロサンゼルスに戻った6月11日のホームスタジアム6連戦から様相は変わった。

 シンプルなことだが、ボール球を振らない。特に低めの誘い球には手を出さない。そして、甘い球を捉える確率が格段に上がった。

 14日のロイヤルズ戦からはルーティンに変化があった。打席に入ってすぐに、ホームベースの先端と三塁線の延長線上にバットを置いて、左足の軸足の位置が毎打席、同じ位置になるように工夫を凝らした。

 この効果を語ったのは、4試合連続マルチ安打をマークしたデンバーでのロッキーズ戦後だ。新ルーティンのメリットを聞かれてこう答えた。

「立ち位置、同じふうに構えて同じ位置に立つのは、一番大事なこと。球場によってラインの太さが変わったりする。そこで多少ずれたりすることがないようにしたい」

 ボール球を振らなくなった理由も、秘策は「構え」にあったと説明した。

「同じ位置で同じように構える。同じようにボールを見ることが一番大事なので、動く前の段階が大事」

 大谷が探っていたのは、心地よい構えだ。左太ももの痛みも癒え、違和感なく、自然にボールを呼び込める構えの感覚がピタッとあった。

 6月21日に古巣エンゼルスを相手に22号アーチを打った後、珍しく自身の打撃を自賛した。

「最近は打つべくして打っている」

移り変わる「正解」を追い求めて

 思えば、昨年6月の爆発前にも、大谷は「構え」を変えていた。

 不振の中、乗り込んだ5月下旬のシカゴでのホワイトソックス戦で、構えた時のグリップエンドの位置を数センチ下げた。

 こだわるのは構えとボールの見え方。持論は「構えで打撃は8割5分決まる」だ。そこには、明確な意図がある。

「しっかりとした方向で力が伝わっていかないと、(バットが)いい軌道に入っていかない。同じように振っていても、最初の構えの時点で間違った方向に進んでいると、いい動きをしてもいい結果につながらない」

 今回は構える時の軸足の位置を固定した。もちろん、体調や疲れによって「構え」はブレるため、以前の正解が正解でなくなるのが打撃の難しさだ。

 しかし、その時、その時によって、大谷は「正解」を導くための考えを常にめぐらせている。

 6月。今年も、チューニングを経て、大谷のバットが奏でる音色は美しくなった。

文=阿部太郎

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