健康は生きていくうえで欠かせないもの。身体的なフィジカル面だけではなく、心の健康も重要だ。体の健康は健康診断で測れるが、心の健康はどうやって測るのか?一般的にはその人の状態を尋ねたチェックシートを用いることが多い。そこに、新たなストレスチェック方法として登場したのが、メンタルストレス尿検査キット「ココシル」だ。

疾病リスク検査サービスの研究開発を行っているプリメディカが2024年4月から提供をスタート。尿に含まれる物質を測定することで、その人にストレスがどれくらいかかっているかを測定できるという。今まで主観的に判断していたストレス負荷の程度を客観的な数字で表すことができる画期的なものだ。どのようにしてココシルが誕生したのか。株式会社プリディカ 営業部の佐藤匠造さんに話を聞いた。

■病気になる前の“未病”の段階で知れる検査サービス
予防医療の事業領域に特化しているプリメディカ。さまざまな疾病リスクを検査するサービスを展開しているのはなぜだろうか?

「日本の平均寿命は年々伸びています。一方で、心身ともに自立し、健康的に生活ができる期間を示した健康寿命とは、10年くらいの差があるんです。医療の発達とともに、寿命は伸びていますが、10年くらいは何かしらの不便を抱えながら生きる人が多いということです。超高齢化社会になり、年々医療費が増大していっている中で、いかにして健康寿命を引き上げるか。私たちが健康を維持・増進するための予防医療に注目している理由はここにあります」

佐藤さんによれば、これまで健康診断で受ける検査は疾患の早期発見を狙いとしたものが中心。つまり、既に病気にはかかっている状態ということになる。

「私たちのリスク検査サービスは発症の手前である“未病”の段階にアプローチしているのが大きな特徴で、将来のリスクを把握することで生活習慣の改善をしていくことをコンセプトにしています。脳梗塞・心筋梗塞の発症リスクを測るLOX-index(R)(ロックスインデックス)は、採血した血液から動脈硬化の進行に関わる原因物質を測定し、発症リスクを検査するものです。健康診断の際に追加で1本血液を取るだけと利用が簡便なので、2600以上の医療機関で導入されて、累計80万人以上の人が受診しています」

プリメディカでは脳梗塞・心筋梗塞以外にも、認知症、すい臓がん、大腸がん、腸内フローラなどのリスク検査サービスを提供。これらは身体的な病気にフォーカスした検査サービスだが、ココシルはプリメディカ初の“心”に焦点を当てたサービスになる。

「ココシルの企画のきっかけとしては、私には精神障害を持つ者をケアした経験があり、その難しさを肌身で感じておりました。それもあって精神障害になってからのケアではなく、防ぐためのメンタルヘルスの分野には非常に興味がありました。加えて社会的には、日本における自殺者数は年間2万人を超え、コロナ禍を経て増加傾向にあり、G7においても自殺者数がトップという状態になっていることもあげられます。自殺の原因を見ると、心の健康問題が由来になっていることが多いんですね。特に、40〜50代の働き盛りの方にそういった傾向が顕著であるというデータもあります。また、精神疾患患者数も右肩上がりで、これに伴って精神障害による労災請求件数も増えてきています。精神疾患を患ったことで働けなくなってしまう人がたくさんいる。最悪の場合、自殺に至ることもある。これは個人にとっても、その人が働く会社にとってもマイナスなことです。こうした状況を考えると、メンタルヘルス対策の必要性は増大していると言えます」

国もメンタルヘルス対策として、2015年に50人以上の従業員がいる事業所では「ストレスチェック制度」の実施を義務化。質問票を用いることで、労働者自身にストレスへの気づきを促進し、職場環境の改善につなげようとしている。

「しかし、ストレスチェック制度を実施してもメンタル不調による休業・退職者の割合は大きく減ってはいません。ストレスチェック制度の課題はいろいろと指摘されていますが、ストレスチェックで高ストレスにあるとわかった従業員が面談を受けに来ないとか、管理職のほうが直接個人の結果を見られないので、個人に対してのアプローチができないとか、質問票に正直に答えていないため結果に疑義が残るといったことがよく言われています。結局のところ、企業が個人のストレス状態を正確に把握できていないのです。そこで、客観的にストレスが測れるようになれば、こうした問題を解決できると私たちは考えました」

しかし、どうやってストレス負荷の度合いをチェックするのか。そこで着目したのは「ARMS(At Risk Mental State、アームス)」という症状。ARMSとは精神病発症リスクが高い状態を指し、この状態にある人のおよそ3分の1が精神病を発症するというデータもあるという。

「ここで注意が必要なのは、精神病というのは統合失調症のように幻覚幻視を主にした疾患で、気分障害であるうつ病とは別のものなんですね。ココシルの開発当初、ARMSはすべての精神疾患の前駆症状として捉えられると考えていたんですが、精神科の先生方とディスカッションを重ねる中で、統合失調症の前駆症状に限定されるものだということがわかってきました。ココシルは2023年11月にベータ版をクラウドファンディングで展開しているのですが、このときはARMSのリスクを判定するキットとして提供していました。ARMSの状態からうつ病になる人、統合失調症とうつ病を併発する人もいますが、ARMSの状態にならないでうつ病になる人のほうが大多数です。もっと広い範囲で、過度なストレス状態にあるかどうかを測れるようにしていく必要があると考えました」

ARMSであるかを調べるためには、尿に含まれるバイオピリンとFLC(フリーライトチェーン、免疫グロブリン遊離L鎖)という2つの物質から測定する。しかし、バイオピリン単体を見ることで、過度なストレスに晒されているかがより測りやすくなったという。

「ベータ版のときはARMSという限定的な状態のリスクを判定していましたが、正式版ではもっと広い範囲で判定できるようになったので、汎用性が高くなったと思います。測定項目が減ったということもあり、ベータ版の開発当初に想定していた販売価格1万3200円(税込)よりも、正式版は8800円(税込)と価格を抑えることにも成功しました」

■検査サービスで大事なのは「簡便さとわかりやすさ」
ココシルに限らず、プリメディカでは検査サービスを展開するにあたって何を大事にしているのだろうか?

「一番は、簡便さとわかりやすさですね。プリメディカの代表的検査サービスであるLOX-index(R)も採血1本で検査ができます。検査報告書もわかりやすさを重視しており、報告書に加えて別冊資料も用意しています。別冊資料では報告書の見方や今後どうしたらいいのかというアドバイスをのせています。リスクはわかっても対策の方法がわからなければ意味がないですから」

ココシル開発にあたってもこの点は大事にしたという。

「正式版リリースにあたって、報告書はよりわかりやすい形にしていきました。ベータ版では“-2.00”というような小数点第2位まで登場する複雑な数字を使っていたんですが、正式版ではシンプルに10〜100でスコア化し、3段階に分類したうえで過度なストレス状態にある方にメンタルアラートを上げる形をとっています。また、アフターフォローとしては3つのサービスを用意しています。まずは、cotree(コトリー)のオンラインカウンセリングサービスの案内です。メンタルアラートが出た方には約1回分(5500円)無償、アラートなしの方には500円の割引をつけています。2つ目は株式会社Melonが提供するオンラインマインドフルネスプログラムを1カ月半無償で利用できる特典。顔出し不要でオンラインで受講できるのが特徴です。3つ目はAIジャーナリングアプリmuute(ミュート)プレミアムプランを1カ月無償で利用できる特典。ジャーナリングは“書く瞑想”と言われており、muuteではAIが定期的にフィードバックをくれる仕様になっています。オンラインマインドフルネスとAIジャーナリングアプリの利用特典は初回登録者限定ですが、3つのサービスはすべて利用することも可能です」

検査キットそのものもわかりやすい形だ。キット内に専用保存容器、送付用の着払い伝票など必要なものをすべて同梱。外箱は返送用の箱としても使用できる。

「尿に排出されたバイオピリンはそのままですとどんどんなくなってしまうんですが、保存用の粉が入った専用容器に入れてチルド便を利用することで検査できるようになりました。これまでプリメディカで展開してきた検査サービスは血液から判定するものが主でした。そのため、採血が必要で医療機関に行っていただかなければならないものだったんです。それが尿の場合は医療機関が間に入らず、一般の方から直接採尿検体を送っていいただくこともできるようになりましたので、より多くの状況で活用いただくことが可能になりました」

検査サービスを受ける際、前日の食事時間などに制限が発生することはよくある。ココシルではそういったことはないのだろうか?

「バイオピリンに対する食事の影響はこれまで報告されていないので、食事を気にしながら検査いただく必要はありません。また、基本的には起きて一番はじめの尿を推奨していますが、1日の中での結果のばらつきを最小化できる仕様にしておりますので、採尿時間の縛りは設けておりません。一部検査対象外となってしまう条件はありますが、チルド便で送るまでの間冷蔵保存さえできるのならば、いつどこで採尿しても問題ないです。この手軽さもココシルの大きな魅力だと思います」

クラウドファンディングで提供したベータ版の結果でもココシルに対してポジティブな反応が大きく返ってきたという。

「ストレスチェックというネガティブな話題のものがポジティブなアイテムの多いクラウドファンディングで反響を得られるのか自信がなく、目標金額を10万円に設定していたのですが、結果として10倍以上の反響をいただくことができました。ベータ版利用者の方にはアンケートなども実施したのですが、過去にメンタル不調に陥った経験ある方が、今の自分は大丈夫なのか確認のために使用したいと話をされることが多くあったのが興味深かったですね。メンタル不調では過剰に他者からの評価が気になってしまったり、逆に自分ではまだ大丈夫だと思っていたけどそうではなかったりしたということがよくあります。ココシルを使用して客観的な結果が出てくることで、自分は大丈夫なんだと自己肯定感を得られたというポジティブな感想をいただきました。ベータ版では、研究のためにかなり分厚い質問票をお送りして、ユーザーの方がどんな状況なのかを細かく調査したんですが、ユーザーの方が感じているストレス状況と検査結果が必ずしも一致しなかったというのもココシルの意義として大きいと思います。自覚がなくとも高ストレスで危険な状態にあるとわかることで、ストレスの元をどうするか対応していくことができますから」

現在はチルド便での郵送が必要だが「将来的には常温ポスト投函ができる形やその場ですぐに結果がわかるような形にしていきたいですね。価格も5000円くらいを目指して、よりみなさんに手に取っていただきやすい形を目指していきたいです」と佐藤さんは語る。

ココシルの販路としては、一般ユーザー、企業、医療機関と3つのルートを考えているが、マーケティングをどう展開していくかが今後のカギになると考えているのだそう。

「2016年度にスタートした経済産業省の健康経営優良法人認定制度という、健康経営に取り組む企業を・法人を認定・検証する公的制度があります。年々注目度が上がってきており、2022年度には約1万7000の法人が認定申請を出しています。認定条件の中には『メンタルヘルス不調者への対応に関する取り組み』というものがあって、ココシルはここで活用できる検査サービスだと考えているので、健康経営を推進したいと考えている企業の方にぜひ導入を検討していただきたいですね。また、ストレスチェック制度への組み込みも目指していきたいです。一方で新しいタイプの検査サービスですので、各企業でどのような活路があるのか、既成概念にとらわれずさまざまな検討を行っていきたいとも思っています。まずは、ココシルのことを知ってもらう機会を増やしていきたいです」

精神疾患にかかってから治療をするのではなく、「防ぐ」世界の実現へ。メンタルヘルスという、かつては見えない、測れないとされていた領域にココシルは「こころの体温計」として切り込む。メンタルヘルス界の新たなイノベーションとして広がっていくことに期待したい。

この記事のひときわ#やくにたつ
・問題分析をしっかりすることで、ニーズが見えてくる
・専門的になりがちな領域をどうやってわかりやすくしていくのか考える

取材・文=西連寺くらら