TENGA社のメディア向けイベントで、AV男優の森林原人(げんじん)さんとトークさせてもらう機会があった。森林さんは男優として第一線で活躍されるかたわら、性知識の啓発や問題提起を行っている方だ。この日のトークの主題は「男性の性の悩み」だったのだが、森林さんだからこその深い洞察にいざなわれて、最終的には「人間にとって性交渉はどんな意味を持つのか」という根本的な問いに切り込むことになった。

というのも、昨年頃から生身の人間が出演していない、生成AI(人工知能)によって製作されたアダルトビデオが登場しているというのだ。

最近ではSNS上でも生成AIで作られた成人向けコンテンツが拡散されている。春画に妄想をふくらませた時代や、VHSのアダルトビデオを仲間うちでシェアしていた時代に比べると、私たちははるかにインスタントに性的興奮を味わえるようになっている。

何事もひとりで済ませられることが増え、セックスレスが多く語られるようになった社会で、私たちはどんなふうに性交渉を楽しんでいけるのか。そう考えずにはいられなかった。

この問いに、森林さんは「『相手と体でつながること』が大事になる」と回答された。「体と体で触れ合う喜びは、赤ちゃんが人に抱っこされるとぬくもりで安心するのと同じように、人間が根源的に持っているもの」だという。確かに素肌で触れ合うことは、その喜びをじかに感じられる機会だ。
性行為で安心や充足を感じるには

森林さんのお話を聞いて私の頭に浮かんだのは、精神科医の中井久夫先生(1934〜2022年)による「こらだ」という概念だった。

「こらだ」とは、心と体の境界があやふやになっている状態のことだ。

社会通念として、心と体は別物だとされている。しかし緊張すると脈が速まり手が震えるように、本来心と体は密接に結びついているし、明確に分けられない場面もある。たとえば「不安を感じている時、誰かに体をさすってもらったら心が落ち着いた」という経験はないだろうか。

緊張や興奮などコンディションが普通でない時には、このように体への刺激が心に、心への刺激が体に作用することがある。この時心身の境目があいまいになり、人は「こらだ」状態になっていると言える。

私がこの概念に出会ったのは、臨床心理学者の東畑開人先生の著書『居るのはつらいよ ――ケアとセラピーについての覚書』だった。

「こらだ」は自分でコントロールできないからこそ、他者を巻き込んで伝染するのだと、東畑先生はご自身の経験をもとに言う。つまり不安を感じて「こらだ」になっている人がいるとその不安が周りにも伝わるし、その人の不安を落ち着かせようと接触をはかる時、自分の「こらだ」も影響を受ける。「他者に開かれた『こらだ』は、実際に他者の『こらだ』を引き出す。その最たるものが性行為ではないか」とも書かれている。

森林さんがおっしゃった「相手と体でつながる」というのは、「互いの『こらだ』を寄り添わせる」と言えるのではないだろうか。自身のプライベートでやわらかい部分を他者に向けて開き、他者の同じ部分を受け入れる。どちらかがこわばれば相手にも伝わり、自分と相手との距離を遠ざけかねないが、「こらだ」がうまく呼応すれば、安心感や充足感に包まれるだろう。森林さんの言葉には、そんな人間の本質が示されていたように思う。

『月刊TENGA』で20〜30代の同棲中のカップル600人に調査したところ、9割以上のカップルが「関係良好」と回答しつつ、4人に1人は「性的な不満を相手に伝えていない」という。

相手に伝えない理由には「我慢したほうが楽だから」という回答もあったが、もしかしたらその我慢は「こらだ」を介して何となく伝わり、相手は具体的な不満の内容には気づかずとも、「なんか、楽しくなさそうだな」くらいは思っているかもしれない。そうすると互いの「こらだ」がこわばり、よりよくできるコミュニケーションが、くじかれてしまう可能性もある。

もちろん、不満を言い出せない原因が相手側に生じている場合もある。双方がリラックスできる環境で、相手の性的な充足が自分にも伝わり、自分も充足する。互いにそうなれたら、性交渉はふたりの関係を深めてくれるだろう。
快感育てるプロセスと伝えあう力を大切に

相手ありきの性交渉と異なり、セルフプレジャーは一方通行の快楽だが、決してそれ自体が悪いわけではない。性交渉を楽しむためには、自分の快感ポイントを把握して、相手に伝えることが重要だ。快感を育てるプロセスとしてセルフプレジャーは有効だし、そもそも延長線上に性交渉がなくたっていい。自分で自分を喜ばせたり、リラックスさせたりすることに大きな意義がある。

人のさまざまな「性」を楽しくしたいからこそ、TENGA社ではセルフ用からカップルで使えるもの、肌を介したコミュニケーションを楽しむものまで、多様なアイテムを開発している。全ては性のネガティブな側面ではなく、性の豊かさを多くの人に楽しんでもらいたいからだ。森林さんとのトークは、そんな自分たちのミッションを再確認する機会だった。(株式会社TENGA 国内マーケティング部 部長・西野芙美)