サンフレッチェ広島が強さを見せている。

開幕から4試合を終えた明治安田生命J1リーグで、無敗をキープしているのは、上からFC町田ゼルビア・広島・セレッソ大阪の3チーム。このうち、昇格1年目ながら堂々の首位に立つ町田が、最もセンセーショナルだ。

だが、戦術の完成度という意味では、広島が群を抜いているだろう。過去2シーズンのリーグ戦をどちらも3位でフィニッシュし、今季ここまでリーグ最少の1失点と安定感が際立つ。

なぜ広島は強いのか。ボール保持者に猛然と襲いかかる“スキッベ流ハイプレス”の仕組みと“ハイプレス型”の弱点をカバーする方策から、その理由を紐解いた。

開幕後4試合の基本システム



まずは、今季開幕後のリーグ戦4試合の基本システムおよびメンバーを見ていこう。



守護神は日本代表に返り咲いた大迫敬介で、3バックは右から持ち味の攻撃参加も光る塩谷司、鋭い出足でピンチの芽を摘む荒木隼人、対人戦の強さが圧巻の佐々木翔という不動のラインナップ。各人の能力が非常に高く、リーグ最強のユニットと言っても過言ではない。

ダブルボランチは、正確なキックでチャンスメイクする満田誠と豊富な運動量を武器に日本代表復帰を果たした川村拓夢のコンビ。野津田岳人と松本泰志に加えて、山﨑大地と東俊希、加藤陸次樹も試合途中からボランチで起用されている。

ウィングバックは右が第3節のサガン鳥栖戦でヘディング弾を沈めた中野就斗、左はボランチでも機能する東がファーストチョイス。右サイドは越道草太、左サイドは志知孝明が2番手となっている。

攻守両面で貢献するシャドーは右が大橋祐紀、左は加藤が開幕から4試合連続スタメン。ボランチと兼務する満田、攻撃のアクセントとなるエゼキエウ、水戸ホーリーホックへの期限付き移籍から復帰した小原基樹がポジションを争う。

1トップは1番手がピエロス・ソティリウ、2番手はドウグラス・ヴィエイラという形だが、ヴィエイラは右膝の治療のため3月14日にブラジルへ一時帰国。シャドーと兼務する大橋がソティリウをバックアップする。

“スキッベ流ハイプレス”の仕組み



就任3年目を迎えたミヒャエル・スキッベ監督の下、今季ここまでのリーグ戦で2位につけるサンフレッチェ広島。開幕から4試合で無敗(2勝2分)と好調の要因は、“スキッベ流ハイプレス”にある。

1トップおよび2シャドーがボール保持者にプレッシャーをかけてパスコースを制限し、その動きに連動してダブルボランチと両ウィングバック(以下WB)が取りどころを定めて、複数人で囲んでボールを奪う。獲物を狩るライオンを想起させる獰猛なプレスは、実に効果的だ。

ハイプレスを武器とするチームであれば、複数人で囲む奪い方はスタンダードだと言えるだろう。だが、スキッベ監督率いる広島が異なるのは、「3バックでハイプレスを絶えず仕掛ける」「ハイプレス時の配置が流動的かつ陣形がいびつである」という点だ。

一般的に<3-4-2-1>で守備ブロックを形成する場合、両WBが最終ラインに吸収され、両シャドーが中盤に落ちる<5-4-1>で守る形が基本となる。前線には1トップのみ残る形となり、前から複数人で連動して奪うハイプレスは人数が不足するため、合理的とは言えない。

前線で人数をかけてボールを奪い切り、迫力あるショートカウンターを発動する。ハイプレスの圧力に耐えかねたボール保持者が蹴ったロングボールを回収し、攻撃を優位に進める。これらハイプレスの強み・メリットを最大限生かすには、より前線に選手を配置できる4バックの方が攻守両面で安定するだろう。

だが、広島を見れば、工夫次第では<3-4-2-1>でもハイプレスが可能であることが分かる。スキッベ監督はハイプレス時の配置を流動的にしたうえで、敢えて陣形をいびつにすることにより、独自のスタイルを構築している。

ハイプレスのスイッチを入れるソティリウおよび大橋と加藤は、相手のビルドアップに応じて柔軟に立ち位置を変える。そして、ダブルボランチ(満田&川村)と両WB(中野&東)は、時に自らの持ち場を離れて臆せずにボールを奪いにいく。ボランチとWBが、本来シャドーがいる場所にスライドすることもあるほどだ。

ハイプレスの際は、各選手が持ち場を離れることを厭わず、迷いなくボール保持者にアタックする。敢えて陣形をいびつにすることで、相手が予測できない形で猛烈なプレッシャーをかけることができ、それゆえボール奪取の成功率も上がるのだ。

もちろん、各選手が持ち場を離れることにより、ハイプレスを回避された際のリスクも非常に大きい。高い位置でボールを奪い切れず、相手チームが紫の密集地帯をくぐり抜ければ、その裏には広大なスペースが存在する。高いディフェンスラインの裏を突かれ、あっさりと失点してしまうのが、“ハイプレス型”の宿命でもある。

しかし、独自のスタイルを構築したドイツ人指揮官は、明確な対抗策を周到に用意している。次のセクションで詳しく述べていきたい。

“ハイプレス型”の弱点をカバーする方策



前項で述べた通り、“ハイプレス型”のチームは高いディフェンスラインの裏を突かれるリスクと隣り合わせだ。その弱点をカバーするのが、機動力にあふれた選手たちだ。

まずは、攻守の軸として君臨する満田誠だ。



ユース出身の満田は、流通経済大より2022シーズンに加入し、ルーキーイヤーからリーグ戦29試合出場・9得点をマーク。加入後はシャドーまたはウィングバックが主戦場だったが、今季はボランチ起用がメインとなっている。

背番号11は、正確なフィードとクロス、プレースキックでチャンスメイクを担う。広島は各選手の前への意識が非常に高く、前線のスペースに長めのボールを供給して、相手守備陣を後ろ向きにして揺さぶる形を得意とする。

その中でも満田はキック精度がとりわけ高く、攻撃の起点として不可欠な存在である。

攻撃だけではなく、守備での貢献も素晴らしい。豊富な運動量でピッチの至る所に顔を出す満田の良さがいかんなく発揮されたのが、第3節・サガン鳥栖戦でのワンシーンだ。

前半15分1秒から、鳥栖はゴールキーパー(以下GK)とセンターバックを中心としたビルドアップを開始。対する広島は、1トップおよび2シャドーがボール保持者にプレッシャーをかけてパスコースを制限し、両WBも高い位置をとって牽制する。

怯まずつなぐ鳥栖は前線のマルセロ・ヒアンへ楔(くさび)のパスを送るが、リベロの荒木隼人がこれをカット。クリアボールがGKの朴一圭に渡ると、朴はすぐさま右サイドバックの原田亘にスローし、原田は前方のスペースにボールを送り込む。

広島はハイプレスのため前線に人数をかけており、自軍の左サイドには広大なスペースが生まれていた。一気にピンチとなる場面だったが、ボランチの満田が全速力でカバーし、サイドに流れたヴィニシウス・アラウージョと並走。タックルを一度はかわされるも、再度食らいつきファウルで止めて、ペナルティーエリア内への侵入を防いだ。

ともすればゴールに直結する可能性のあったシーンだったが、ハイプレス回避時のリスクを満田の機動力が救った形となった。



コンビを組む川村拓夢(8番)も運動量と機動力、推進力がストロングポイント。スキッベ監督はダイナモタイプを中盤の底に2名置くことで、“ハイプレス型”の弱点をカバーしている。鳥栖戦では、楔のパスをカットした荒木の鋭い出足も光った。この場面に限らず、荒木はどんどん前に出て、相手フォワードに起点を作らせない働きぶりが素晴らしい。対人戦と空中戦に強く、守備範囲が広い背番号4は“ハイプレス型”にうってつけだ。

リベロが積極的に前へ出ることで、ハイプレス回避時に生じる広大なスペースを埋めることができ、自軍ペナルティーエリアよりも遥かに遠い位置で攻撃の芽を摘めるメリットがある。

もちろん、リベロがボールを奪い切れずかわされると一気にピンチとなる。だが、対人戦にめっぽう強い塩谷司&佐々木翔が両脇に、最後の砦には日本代表GKの大迫敬介が控えており、そう簡単には崩れない。開幕からの4試合でリーグ最少の1失点という事実が、鉄壁ぶりを物語る。

“異例の補強”がもたらすモノとは?



9年ぶりのリーグ優勝を狙うサンフレッチェ広島にとって、文字通り試金石となったのが、第4節・ヴィッセル神戸戦だ。

神戸は強度の高い連動したプレスと対角へのロングボールを効果的に活用するスタイルで、昨季のJ1を制覇。連覇を目指す今季も強みは健在で、積極的な補強により戦力アップに成功した。

注目の一戦は、神戸がロングボールを大迫勇也に集め、セカンドボールを両チームが奪い合う展開に。お互いが相手のディフェンスラインの裏を狙い続けるハイテンポなゲームは、スコアレスドローながら見ごたえ抜群だった。



アウェイでの戦いで勝点1を持ち帰った広島が見せたのは、守備陣の強固さだ。

リベロの荒木隼人は、ロングボールのターゲットである大迫勇也と迫力満点のエアバトルを繰り広げ、相手のキーマンを見事に抑え込む。大迫がサイドに流れた際も、右ストッパーの塩谷司がしっかりとカバー。打開力に優れた武藤嘉紀は、左ストッパーの佐々木翔が試合を通して入念にケアし、ゴールを許さなかった。

試合後にスキッベ監督は、「(前略)ウチの3バックは本当に相手の脅威となるオフェンスをしっかり抑えたと思います」と守備陣を称賛。武藤の決定機を好セーブで防いだ守護神の大迫敬介も、「味方もコースを限定していたので、難しいシーンではありましたけど、みんなで協力して防ぐことができたと思います」と振り返った。

不動の3バックの充実ぶりは頼もしい限りだが、バックアップを担う山﨑大地が3月5日のトレーニング中に負傷し、全治9〜10ヶ月の大ケガを負うアクシデントが起きてしまう。この事態が影響したか、フロントは驚きの補強を実現させる。アルビレックス新潟で主力としてプレーしていた新井直人の獲得(完全移籍)を3月21日に発表したのだ。

新井自身も「本当に、このタイミングでの移籍というのが今までのサッカー界であまりなかったというのも当然聞いていますし、そこはわかった上で決断いたしました」と加入会見で語った通り、シーズン開幕から約1ヶ月後に主力級の選手が同一カテゴリー間で移籍するのは異例だろう。



もちろん、背番号13の加入がチームにもたらすモノは非常に大きい。新天地では両ウィングバックでの起用が予想されるが、3バックのストッパー起用も大いにあり得る。「複数のポジションで質の高いプレーをできることが最大の長所」と本人も会見でコメントしており、指揮官の様々な起用に応えるに違いない。

今季の広島は、リーグ戦・天皇杯・ルヴァンカップに加えて、AFCチャンピオンズリーグ2(ACL2)と4つのコンペティションを戦う。第2節・FC東京戦では、「スタートで出たメンバーのパフォーマンスに非常に満足していた」ことから交代枠を使わなかったスキッベ監督も、連戦となれば積極的に交代カードを切るはず。選手起用の選択肢を増やす意味でも、新井は重宝されそうだ。

一方で、前線はドウグラス・ヴィエイラが右膝の治療のため、3月14日にブラジルへ一時帰国。中盤は今夏に満田誠または川村拓夢が海外クラブへ移籍する可能性も十分あり、仮に移籍となればダメージは大きい。

スキッベ体制3年目を迎え、ハイプレスを軸とした戦術の完成度はリーグNo.1だ。新スタジアム元年をタイトルで彩るには、「ケガ人や移籍による戦力低下をいかに避けるか」がカギを握るだろう。

指揮官の采配に加えて、新井の獲得で“本気度”を示したフロントの動きにも注目したい。